■ 沢の新人さん
久しぶりの投稿です☆
今日は例会で会って、沢登りに興味がある年上の新人さんと沢の座学講習会をした。
というのも、今日はなんと雷&暴風雨の日(汗)。山に行く予定だったんだけどな~。
東京方面では、秀山荘などが沢登りの説明会をしているが…、そういうことでもないと、沢は入門しづらいのが実情だ。
沢登りアドバイス
沢登りの良き教科書がないかな?と家の書棚を、がさごそと探したが…
岩崎元郎師匠の、『沢登りの本』しかなく、ロープワークや、沢装備の説明が貧弱…。うーむ。
確か、ヤマケイ登山ガイド『沢登り』というのがあったと思うが‥いったん分かるようになると、あんまり見返す必要がない(笑)。
というのが沢の入門書が出ていない理由ではないかと思われる…。一応、この記事の下のほうに沢登りで読むべき本をまとめておいた。東京ならトマの会があるよなぁ。あれは初歩的なルート集とセットになっていて素晴らしい本だった。
今日は、
・岩崎元郎著『沢登りの本』
・堤信夫著『全図解レスキューテクニック』
を貸し出した。後者は、”全図解” ”レスキューテクニック”という仰々しい名前よりも、ハイキングレベルで出てくるレスキューに必要な知識…シットハーネスとか…が出てくる。
私も登山からアルパインへ進むあたりで、この本を目を皿のようにして読んだ。チェストハーネスの作り方とかテープ結びを覚えた。ところが、すぐに本物のハーネスを使うような山しかしなくなり、ナイロンスリングでシットハーネスを作るようなタイプの山に、とんと縁がなくなってしまった(笑)。でも、一般登山しかしない人がいきなり岩装備を一式そろえるというのは、よほど視野が広くないとできないと思う。
大体、一般登山の人は、岩登り=死、という先入観があり、それを解除するには、周囲に岩登りをやっている人がいて、「なんだか私にもできそうなんだけど!」と思わないといけないんではないかと思うからだ。先入観や固定観念を覆す必要がある。
というわけで、通るべき道を通ってもらうことにし、今回はシットハーネスと環付きビナを購入してもらうことになった。
★簡易ハーネス用ギア
・幅広ナイロンスリング120cm
・ツイストロックの安全環付きHMSカラビナ(マムート?)
買って無駄にならない選択(笑)。ナイロンスリングは、細幅もあるが、シットハーネスにするなら、太くないと痛い。ナイロンスリングは、この一本以上買わないように、と忠告しておいた。ナイロンは水を吸って重くなるので、結局ダイニーマばかりになってしまうからだ。
HMS型のロッキングゲート式カラビナは、締め忘れを防ぐ。沢用でツイストゲートが高いけれど、おすすめだ。これは末永く使えるので、初期投資しても大丈夫。
■靴とヘルメット
沢ではヘルメットは当然被る。上からラクが落ちてくるのと、滑で滑っても地盤が岩なので、頭を打つことがある。
沢靴は、フエルトvsラバーソールだが、図式は結構簡単。
ラバーソール=花崗岩
フエルト=それ以外、低標高、コケっぽい沢
以上終わり。
■ 足こしらえ
その他、足回りは、靴下にネオプレン。すねあてにネオプレン。そして、下山に、鋲付き地下足袋(ワークマン)。
すべてワークマンで購入できる。雨具も汚れるのでワークマンで問題ない。
■パッキングと地図の準備
パッキングは、当然だが、防水処理。余談だが、横にデブのキスリング型ザックは、枝にひっかかって、沢に向かない。縦型シンプルをお勧めしておいた。
地図も磁北線を引き、防水袋に入れる。磁北線に感動してもらえた。なるほど磁北線、北が北ではないというか、6.20度西に傾いていることを教えたら、喜んでもらえた(笑)。
らなかったのか~と(笑)。
地図周りは、これだけでも、講習会になる内容なので、国土地理院の地図を買わなくても、ヤマレコで印刷できるよ、でお茶を濁す(笑)。
コンパスの使い方は、それはそれで、一日仕事だからだ。
私的には、最初のころは、沢用のパッキングがなかなか上手く行かないで、中身のパンとか、おにぎりを濡らして嫌だったんだよなぁ。
あと帰りのウエア…、沢って臭いので…着替えたいけど、着替えを持っていくと、濡らさないようにしないといけなくなるし…。結局、臭いまま帰るってことになったんだが(笑)。車の陰でこっそり着替えるのを覚えた(笑)。
■ 例題:長尾川
長尾川が初心者向きだろうと教わっていたので、長尾沢を例題に、水線と尾根を書き込んでもらい、入渓から、シナリオを想起した。
長尾川トポ
ムーブの記録
標高100m上がると、左岸から枝沢の流入があって…つぎは尾根で、とか、そういうの。
これがないと間違って隣の沢に入っても、気がつかなかったりもするんだよなぁ(笑)。
どのくらいで急になるとか、詰めは一個間違えるとコルに出るはずだとか…大体、地形を想像していけば、シナリオと違う場合に、間違いに気がつきやすい。
この辺は間違いを内包しながら進むということさえできていれば、間違いを犯さないことは、そう重要なことではない。が、そんなことは初心者時代には分からない。間違ったらいけない!!と固く思っているケースが多いので、間違ってもいいのだ、と分かること…がミソ。
これが予習できて満足した。
あとは下山の選定。できたら、林道歩きは避けたいものだ。
尾根は谷の両側にあるのが普通なので、どっちを選んでもいいのだが、まぁ、合理的なラインというものがある。
■ ロープワーク
雨でどこにも行けなかったので、マンションの外廊下で講習(笑)。誰も通りがからなくて良かった~。それでも、すっごく寒かった…。
階段5段くらいを使うのだが、つまり緩傾斜だが、これってどうなのでしょうね?いや~初めて懸垂する人というのは、ロープに体重を預けるだけが、怖いのです。
やっぱり恐る恐る、されていました。階段なので、立てるのですが、ロープに体を預けるというのが…。そもそもロープへの信頼が生まれていないので、ロープに体重預けられない。やっぱりなぁ。予想通りです。
・ムンターでの懸垂
・8環での懸垂
・ATCでの懸垂
・ルベルソ4での懸垂
肩がらみ、腰がらみは見せるだけにしておきました。現実的でないからです。
フィックスロープの通過も行いましたが、これについては、まぁ、触り程度。フィックスのほうが実はトラバースなので怖いことがあるのですが、初心者の間は、トラバースが怖いことは分かっていないので(笑)、言わないでおきました。
でも、実はトラバースで落ちたら助けられないですよね。
■ ルート集と山の本
ルート集は九州では、『九州の沢と源流』が有名だが、もう古書になっており、ネット検索全盛の今日、目次以外要らないのではないかと思われ…(笑)。
北アの沢のルートガイドの奥付をコピーして渡し、沢の記号を覚えてもらうことにした。遡行図を書けなくても、遡行図の意味がわかるようではないと。
沢登りWiki
山の本は、『俺は沢やだ!』が受けていた(笑)。成瀬さん、この本以外に、普通に沢の初心者向け教科書的なものを書いてほしい。
というか秀山荘あたりが適当なホームページにそうした情報を掲載してくれると助かるのだが…。
沢登りと言っても、やっぱり一応人の命がかかるわけで、無資格者が言うよりも、ここは権威が必要なところ。
■ 安全対策
沢の安全対策と言えば、
・メンバーが3名以上であること
・携帯が入ること
これは、藪山と同じである。
藪山 = 一般登山者に合わない = 誰にも発見してもらえない = 怪我できない
である。ので、携帯が入る沢に一人沢の時は限る。なにしろ、足を捻挫するくらいは、別に傾斜がなくても、石ころが転んだくらいで可能なのであるから。
■ 虫
最初に見せたのが、蚊取り線香。ヒル対策はネオプレン脛あて&ストッキング?
とにかく虫と仲がよいのが、沢。特に温かい季節。実は、藪漕ぎは冬がシーズンで、沢は夏がシーズン。暑い夏に沢の涼しさは本当に癒される。
■ ホームベースの沢
とりあえず、休みが核心になりそうということで、私の伝丈沢のようなホームベースの沢を持つことを提案。春夏秋冬、通うと四季折々の表情が分かる。
伝丈沢(金石沢)は、沢もしたし、アイスもしたし、読図の山もしたし、ツエルト泊で楽しかった。焚火もこしらえた。今見たら、まさに山を遊びつくせ!だなぁ(笑)。
伝丈沢1
伝丈沢2
伝丈沢3
伝丈沢4
板敷渓谷 奥昇仙峡の沢
金石沢 アイス 金石沢は伝丈沢の隣
金峰山研究 金峰山は伝丈沢が突き上げるピーク
八幡尾根 伝丈沢の隣の尾根
黒平ルート 金峰山へ至る廃道
近所のクライミング 一杯
とりあえず、彼女は沢はまだ行ったことがないので、沢とのお見合い、が課題だ。
行ってみて、やっぱり沢嫌い、ということにはならないだろうと思ったけれど、これが本当に沢に適性がない人もいるんだよなー。
まぁ基本的には、彼女はとっても楽しそうで、沢どころか、色々な山に適性がありそうだった。
でもやっぱり、初めての懸垂下降をしたばかりの人を、25m懸垂でスタートする、野北に連れて行くのはないなーと思ったのだった。
■ 本のリスト
3/07/2019
9/10/2015
渓流足袋の思い出
今日は、買い物ついでで、上州屋に立ち寄った。私は買い物があまり好きでない。特にショッピングモールでのお買い物は、好きではない。かかっている大音量の音楽や、大量の品物に精神的な圧迫を感じる。実際、あれはそういう効果を狙っていると思う。
で、消費することを追い立てられているような気がして、大型店はキライなのだ。が、モールまで行かないと、カルディはないし、カルディVS成城石井だと、どう見てもカルディのほうが安い。それで、時々は、カルディに行かないといけないことになる。・・・ので、今日は、その仕方なしの買い物日だったのだ。
上州屋には、沢靴の交換フエルトを買いに立ち寄った。大峰のフエルトを交換しなくてはならないのだ。ボンドとフエルトで約3000円。
まだ10回程度しか沢に行っていないのに、私の大峰はもう張替が来てしまった。早いなぁ…。
フエルトの減りが早すぎる。これはフエルトの質にも因るのかもしれない。羊毛製はヘリが早いと言われているから。
その上、下山にも履きっぱなしにしたことが数回あったからなぁ…。最近、下山用に鋲付の足袋を履いたら、これが優れもので、ものすごくフリクションが良かった。ただ少し大きい。小さいのを買ったのだが・・・。
今日は上州屋で、渓流たびを履いてみたが、渓流たびは、S、M、Lのサイズ揃えしかなく、Sサイズでも、ぶかぶかで、とてもじゃないがダメだった。残念。
渓流足袋と言えば、思い出がある。
登山を始めてすぐの頃、「渓流たびってありますか?」と、上州屋に行ったら、「この世にそのような靴はない」と言われたことがあった(汗)。
?
今思えば、あれは、私のような小柄な女性が、渓流足袋が必要になるような活動をするのを阻止する目的だったのだろう。
同じようなことが冬山の手袋でもあった。当時肘まであるゴアテックスのグローブが必要だった。ラッセルしたとき、雪が入らないからだ。ところが、そんなものは必要ないでしょうと、けんもほろろな対応をされたのだった。
■ ガラスの天井
目に見えないバリア…よくガラスの天井に例えられる・・・が、登山をしていると、こういう風に、特段思いつく、否定的な材料がなくても、見くびられたり、なんだりして、希望する道にすすめないことがある。
頭っからあなたにはできないから、とツアーに誘導されるのもそうだし、自分で判断する、とか、自分の力で山に行く、などは、否定されがちだ。
最初の頃はそれは心配が作り出していることなのだ・・・と好意的に解釈していた。でも、どうも違うようだ。では、何が作り出しているのだろうか?
そのガラスの天井は、登山界のものなのか?というと、そうでもないようだ。というのは、私は帰省などで、大阪や東京を通る折に登山用品店に行き、異なる感触の接客を受けているからだ。女性の買い物客にも、きちんと対応してくれる。
もしかしたら、山梨県が他県と比べて保守的で、女性が登山をすることについて、理解がないのだろうか?
あるいは、単純に店員さん自体の知識量が都会と比べて貧弱なのかもしれない???
あるいは、客の無知に付け込んで、ツアーに誘導するのが良い商売となっているのかもしれない?
しかし、まぁ無知に付け込む商売は、どこにでもあるものかもしれない。
随分、前に新宿の有名な登山用品店で、「私は本格的な登山をするのですが…」と断って、冬靴を見に行ったら、買っても仕方のない、スカルパのファントムガイドを薦められてしまった。スカルパのファントム6000とファントムガイドでは似て非なる靴だ。
で、結局、そういう店員さんとは、もう話をしないことにしている。店員さんと意地の張り合いをしても仕方がない。
しかし、都会では隣の登山道具屋へ行けばいい程度のことだが、山梨ではそういう訳にはいかない。
というわけで、困ったな~と思うのだが、結局、そうなると、知識のあやふやな山梨では、心配過ぎて買い物できず、結局、都会で買ってきたりするので、こうした不可解な対応の原因がなんであれ、結果としては、山梨での商売は、ますます逃げて行ってしまっているかもしれない。
結局、一体誰が勝っているのだろうか? 謎だ。
9/06/2015
失敗の歴史
今日は甲府はまた雨・・・また夏に戻ると言う話はどうなったのだろうか・・・?!
・・・昨日は、良い歴史を振り返った。今日は、失敗の歴史を振り返ろうと思う。
■ 失敗の歴史
失敗と言えるかどうか分からない。しかし、登山1年目で、11月初旬、西穂丸山へ行き、易しく感じたので、さらに進み、独評手前まで行った。先行者は一人しかおらず、そのおじさんは、トレースが無くなったと前方で叫び、そうか、と思ってそこから折り返した。
夫は高所恐怖症があるので、わたしより下で折り返したがっていた。私の判断では、安全と感じたので、この時はそのまま進んでいる。初心者なので、ストックと6本のアイゼンだった。
西穂を選んだのは夫の選択。前の日はロープウェーで千石園地まで。翌日晴れたため、この山行になった。当時は、ザックを小屋において行けば楽だったなーと後で振り返るような初心者だった。
登山3年目で講習会に行った時、初心者で西穂丸山(独評)は、危険だと言われた。個人的な感想としては、その意見には心外だった。そこは小屋がある一般道だからだ。当時から用心深い登山者で天候はチェックしたし、無理はしていない。実際、危険は感じなかった。
しかし、無知の所産である、と言われたら、そうかもしれない、としか返事はできない。
その後、厳冬期八ヶ岳の、前三つ、三ツ頭に登頂したが、これも、世間?の大批判を喰らった。しかし、天気図を見ていき、天候は1月、2月でも、3月下旬並みだったりもし、その批判には大いに疑問を感じた。
冬の天狗岳は、6本爪アイゼンとストックで何の不自由も感じなかった。(当時は雪=アイゼンと教わっており、登山口からアイゼンを付けていた。)
ただ、12本爪アイゼンを持つ身となると、6本のアイゼンの出番は年間を通して、ほとんどない。
■ ザイルワーク
ザイルワークに関して、私の過去最大の失態は、生涯2度目の沢、芦沢横沢だ。
なんと、自分でエイトノットを解き、アンザイレンを解いて、ロープの交差を直し、再度エイトノットを結ぶと言う離れ業を核心部で、しかも片手でやってのけた。
その頃は初心者で、敗退の練習(懸垂下降)のために、その沢に行っていた。自ら命綱を解くという失態をしても、そうと知らず、帰ってきた。
その後、阿弥陀中央稜で一ピッチのセカンドの確保を経験したが、足元にしか確保支点になりそうなものがなく、自分が立つ位置が、セカンドの確保支点より下であるほうが楽だと言うことがまだ分かっていなかった。
確保では、通常の確保で、ロープが一度流れたことがあった。小川山の、小川山物語と言う課題で、先輩のコールより、リードで落ちそうになっている隣のクライマーに気を盗られたのだ。幸い、大事に至らず、ロープはすぐに握れたが、流れたロープは握り戻すのが非常に難しいと言うことは分かった。
その後その話は周辺のクライマーにして、「そうか、そういうことがあったのか」「グリグリ2を使うのもよいかも」などの反応だった。私は基本的には自分の失敗は人に言いふらしておくほうだ。
その後、アイスで行った小川山唐沢の滝では、セカンドの確保支点に、つららをつかった。丈夫そうな大きなつららだったが、もう一点、アイススクリューで取るべきだった。あとから「スクリュー持っていないのだとおもった」とセカンドに言われた。考えてみたら、スクリューは、ちゃんとぶら下げていたのだった。
懸垂支点は、2本のロープの結び目が、岩側になるようにして、岩側のロープを引くと、引っかからないのだが、なぜか逆になったことがあった。ロープが引っかかるようだと、ロープの回収不能になることがある。
沢では、マイクロカムを回収する際、回収ができなかったことがあった。その時は、ヌンチャクだけを回収し、カムとぬんちゃくセットで回収してきてほしいと言われた。
また、トップで懸垂で降りた先輩のコールが聞こえず、長い間、待って懸垂したことがあった。ロープを2度引いたら、OKという意味だそうだったが、そういうことは教わっていなかった。
■ 墜落滑落
瑞牆のカサメリ沢で、クライミングの帰りに、ザックの重さに体が後ろに引かれて、2回転半したことがあった。
その他、最近では、小常木沢でラバーソールが滑り、8m滑り落ちた。
どちらも怪我はない。身体が柔らかいのが幸いしているのかもしれない。
フリーでは落ちろ落ちろ!と言われるが、アルパインでは安易に落ちることは、慎まなくてはならない。
フリーの課題は、岩の弱点を突いて設定したものではなく、クライミングのむずかしさを求めたものが多いので、落ちながら上達する。
したがって、フリーで登れなくても、自分が下手だとか残念だとかは思わないが・・・落ちてナンボという、その価値観をアルパインに持ち込まないようにしたいといつも思う。
アルパインでは落ちたら一大事だ。アルパインや沢で落ちないために、フリーがあるのに、フリーでは落ちろ、というのは、本当に辞めて欲しいと思う。安易に落ちる癖をつけるべきではない。
■ 敗退
初めて自力で行ったズミ沢では、核心部の大滝で、ふくらんだところに残置ハーケンが見えた。それを目指して登り、進退窮まり、登れないので、懸垂して降りた・・・
それ以降、登る前によくルートを見るようになった。少しでも不安があれば、避けるようになった。
ある人から、私がザイルを欲しいと思う時に、めんどくさいからなしで登らせようとする人とは組まないようにアドバイスを受けた。
一方、なんでもかんでも出せという話になると困る。基準は、穂高の一般縦走路レベルでは出さない、が一般的、なのだそうだ。
安全に関する感覚は人それぞれだし、年齢や、雨、疲労、直前にコケた、高度感、などでも変わるので、怖いときに出せるのがロープの良いところなので、出せるときに出さない人ではありたくないと思っている。
■ リスク認識
一回目の鳳凰三山では、雨だった。これは天気を読めており、リスクを知っていて取ったので、厳密には挫折ではないが、夫が同じように天候リスクを認識しておらず、まったく備えがなかったために、彼にとってはコリゴリの山行になった。
私は雨の予報を聞き、ツエルト、細引き、ダウンのシュラフ、など、宿泊ができるくらいの装備を持って出たので、寒いと評判の小屋でもなんともなかった。が、そうではなく、八ヶ岳の汗をかくほど温かい山小屋に慣れた、夫は寒さに懲り懲りしたそうだ。
同じように、GWの仙丈ヶ岳でホワイトアウトしたとき、私は天候悪化や視界不良から逃げ切る脚力があったが、夫はそれがなく、ホワイトアウトを避けるために早く稜線から逃げる、ということができなかった。それだけでなく、ホワイトアウトしたらマズイ、という認識も彼は持つことができず、その認識の違いをあとで思い知った。彼はこの山に行ってはいけない人だったのだった。
この経験で、人にはリスクを受け入れられる量が、山への理解度とともに決まっているのだ、と思い知り、夫とは、小屋があり、衆人環視である、雪山以外行かないことにした。彼は自分に命の危険が迫っていても、それをキャッチすることができないからだ。
これは厳しい現実だったし、わたしにとっては大きな挫折だった。
その他、小さな挫折は色々ある。久しぶりにカラビナ懸垂のムンターを作ろうとすると忘れていたり、だ。
ロープワークは、いつもの道具でやっていると、いつも使わない道具のことは忘れてしまう。たまには使わないといけないものだ。
■ 失敗
山の失敗は、大抵は、山に行く前からスタートしている、と思う。
・計画に無理がある
・装備に不足がある
・メンバーの力量に不足がある
・気の緩みがある
・認識に不揃いがある
の5つ。たとえば、せっかく早起きしたのに、バスの時間が朝にはなく、バスの時間まで寝て待つことになったこともあった。
気の緩みは、アプローチの研究不足から、登山口に到達するのが遅れたり、忘れ物、につながる。
認識の不揃いは、例えばアイスに行くのに、登山靴やウエアを私から借りて当然だと請求されたことがあった。
力量不足は、認識の不揃いよりもマシだ。力量が不足(体力・クライミング力)は、行程を短くしたりと工夫すればよいことで、一般にフォローの人が考えるより、大きな問題ではない。それより無理をして、頑張って、突然不調に陥るほうがダメージが大きい。
ただ赤岳に登るのに、6本爪アイゼンで来る、トレースの無い雪山を登るのに地図を持たないでくる、などという致命的な装備不足になると、登山口敗退にせざるを得なくなり、パーティ全員の休日を無駄にしなくてはならなくなる。
失敗は人間にはつきもので、失敗すること自体は、悪いことではない。
しかし、自分の認識の甘さのために他の人の命を危険に晒したら、それはきちんと何が悪かったのかを反省し、二度と同じことをしないようによく考えて対策を練らなくてはならない。
・・・昨日は、良い歴史を振り返った。今日は、失敗の歴史を振り返ろうと思う。
■ 失敗の歴史
失敗と言えるかどうか分からない。しかし、登山1年目で、11月初旬、西穂丸山へ行き、易しく感じたので、さらに進み、独評手前まで行った。先行者は一人しかおらず、そのおじさんは、トレースが無くなったと前方で叫び、そうか、と思ってそこから折り返した。
夫は高所恐怖症があるので、わたしより下で折り返したがっていた。私の判断では、安全と感じたので、この時はそのまま進んでいる。初心者なので、ストックと6本のアイゼンだった。
西穂を選んだのは夫の選択。前の日はロープウェーで千石園地まで。翌日晴れたため、この山行になった。当時は、ザックを小屋において行けば楽だったなーと後で振り返るような初心者だった。
登山3年目で講習会に行った時、初心者で西穂丸山(独評)は、危険だと言われた。個人的な感想としては、その意見には心外だった。そこは小屋がある一般道だからだ。当時から用心深い登山者で天候はチェックしたし、無理はしていない。実際、危険は感じなかった。
しかし、無知の所産である、と言われたら、そうかもしれない、としか返事はできない。
その後、厳冬期八ヶ岳の、前三つ、三ツ頭に登頂したが、これも、世間?の大批判を喰らった。しかし、天気図を見ていき、天候は1月、2月でも、3月下旬並みだったりもし、その批判には大いに疑問を感じた。
冬の天狗岳は、6本爪アイゼンとストックで何の不自由も感じなかった。(当時は雪=アイゼンと教わっており、登山口からアイゼンを付けていた。)
ただ、12本爪アイゼンを持つ身となると、6本のアイゼンの出番は年間を通して、ほとんどない。
■ ザイルワーク
ザイルワークに関して、私の過去最大の失態は、生涯2度目の沢、芦沢横沢だ。
なんと、自分でエイトノットを解き、アンザイレンを解いて、ロープの交差を直し、再度エイトノットを結ぶと言う離れ業を核心部で、しかも片手でやってのけた。
その頃は初心者で、敗退の練習(懸垂下降)のために、その沢に行っていた。自ら命綱を解くという失態をしても、そうと知らず、帰ってきた。
その後、阿弥陀中央稜で一ピッチのセカンドの確保を経験したが、足元にしか確保支点になりそうなものがなく、自分が立つ位置が、セカンドの確保支点より下であるほうが楽だと言うことがまだ分かっていなかった。
確保では、通常の確保で、ロープが一度流れたことがあった。小川山の、小川山物語と言う課題で、先輩のコールより、リードで落ちそうになっている隣のクライマーに気を盗られたのだ。幸い、大事に至らず、ロープはすぐに握れたが、流れたロープは握り戻すのが非常に難しいと言うことは分かった。
その後その話は周辺のクライマーにして、「そうか、そういうことがあったのか」「グリグリ2を使うのもよいかも」などの反応だった。私は基本的には自分の失敗は人に言いふらしておくほうだ。
その後、アイスで行った小川山唐沢の滝では、セカンドの確保支点に、つららをつかった。丈夫そうな大きなつららだったが、もう一点、アイススクリューで取るべきだった。あとから「スクリュー持っていないのだとおもった」とセカンドに言われた。考えてみたら、スクリューは、ちゃんとぶら下げていたのだった。
懸垂支点は、2本のロープの結び目が、岩側になるようにして、岩側のロープを引くと、引っかからないのだが、なぜか逆になったことがあった。ロープが引っかかるようだと、ロープの回収不能になることがある。
沢では、マイクロカムを回収する際、回収ができなかったことがあった。その時は、ヌンチャクだけを回収し、カムとぬんちゃくセットで回収してきてほしいと言われた。
また、トップで懸垂で降りた先輩のコールが聞こえず、長い間、待って懸垂したことがあった。ロープを2度引いたら、OKという意味だそうだったが、そういうことは教わっていなかった。
■ 墜落滑落
瑞牆のカサメリ沢で、クライミングの帰りに、ザックの重さに体が後ろに引かれて、2回転半したことがあった。
その他、最近では、小常木沢でラバーソールが滑り、8m滑り落ちた。
どちらも怪我はない。身体が柔らかいのが幸いしているのかもしれない。
フリーでは落ちろ落ちろ!と言われるが、アルパインでは安易に落ちることは、慎まなくてはならない。
フリーの課題は、岩の弱点を突いて設定したものではなく、クライミングのむずかしさを求めたものが多いので、落ちながら上達する。
したがって、フリーで登れなくても、自分が下手だとか残念だとかは思わないが・・・落ちてナンボという、その価値観をアルパインに持ち込まないようにしたいといつも思う。
アルパインでは落ちたら一大事だ。アルパインや沢で落ちないために、フリーがあるのに、フリーでは落ちろ、というのは、本当に辞めて欲しいと思う。安易に落ちる癖をつけるべきではない。
■ 敗退
初めて自力で行ったズミ沢では、核心部の大滝で、ふくらんだところに残置ハーケンが見えた。それを目指して登り、進退窮まり、登れないので、懸垂して降りた・・・
それ以降、登る前によくルートを見るようになった。少しでも不安があれば、避けるようになった。
ある人から、私がザイルを欲しいと思う時に、めんどくさいからなしで登らせようとする人とは組まないようにアドバイスを受けた。
一方、なんでもかんでも出せという話になると困る。基準は、穂高の一般縦走路レベルでは出さない、が一般的、なのだそうだ。
安全に関する感覚は人それぞれだし、年齢や、雨、疲労、直前にコケた、高度感、などでも変わるので、怖いときに出せるのがロープの良いところなので、出せるときに出さない人ではありたくないと思っている。
■ リスク認識
一回目の鳳凰三山では、雨だった。これは天気を読めており、リスクを知っていて取ったので、厳密には挫折ではないが、夫が同じように天候リスクを認識しておらず、まったく備えがなかったために、彼にとってはコリゴリの山行になった。
私は雨の予報を聞き、ツエルト、細引き、ダウンのシュラフ、など、宿泊ができるくらいの装備を持って出たので、寒いと評判の小屋でもなんともなかった。が、そうではなく、八ヶ岳の汗をかくほど温かい山小屋に慣れた、夫は寒さに懲り懲りしたそうだ。
同じように、GWの仙丈ヶ岳でホワイトアウトしたとき、私は天候悪化や視界不良から逃げ切る脚力があったが、夫はそれがなく、ホワイトアウトを避けるために早く稜線から逃げる、ということができなかった。それだけでなく、ホワイトアウトしたらマズイ、という認識も彼は持つことができず、その認識の違いをあとで思い知った。彼はこの山に行ってはいけない人だったのだった。
この経験で、人にはリスクを受け入れられる量が、山への理解度とともに決まっているのだ、と思い知り、夫とは、小屋があり、衆人環視である、雪山以外行かないことにした。彼は自分に命の危険が迫っていても、それをキャッチすることができないからだ。
これは厳しい現実だったし、わたしにとっては大きな挫折だった。
その他、小さな挫折は色々ある。久しぶりにカラビナ懸垂のムンターを作ろうとすると忘れていたり、だ。
ロープワークは、いつもの道具でやっていると、いつも使わない道具のことは忘れてしまう。たまには使わないといけないものだ。
■ 失敗
山の失敗は、大抵は、山に行く前からスタートしている、と思う。
・計画に無理がある
・装備に不足がある
・メンバーの力量に不足がある
・気の緩みがある
・認識に不揃いがある
の5つ。たとえば、せっかく早起きしたのに、バスの時間が朝にはなく、バスの時間まで寝て待つことになったこともあった。
気の緩みは、アプローチの研究不足から、登山口に到達するのが遅れたり、忘れ物、につながる。
認識の不揃いは、例えばアイスに行くのに、登山靴やウエアを私から借りて当然だと請求されたことがあった。
力量不足は、認識の不揃いよりもマシだ。力量が不足(体力・クライミング力)は、行程を短くしたりと工夫すればよいことで、一般にフォローの人が考えるより、大きな問題ではない。それより無理をして、頑張って、突然不調に陥るほうがダメージが大きい。
ただ赤岳に登るのに、6本爪アイゼンで来る、トレースの無い雪山を登るのに地図を持たないでくる、などという致命的な装備不足になると、登山口敗退にせざるを得なくなり、パーティ全員の休日を無駄にしなくてはならなくなる。
失敗は人間にはつきもので、失敗すること自体は、悪いことではない。
しかし、自分の認識の甘さのために他の人の命を危険に晒したら、それはきちんと何が悪かったのかを反省し、二度と同じことをしないようによく考えて対策を練らなくてはならない。
9/05/2015
私の山のふりかえり
今日は、自分の山の歴史を振り返る。
■ 初期: 厳冬期の八ヶ岳
始まりは5年前の9月だった。私たち夫婦は、夫の転勤で山梨へ来た。
試しに参加した、ストローハットという、近所の山道具屋がやっていた登山ツアーに参加したのがきっかけだった。場所は八ヶ岳の西岳。標高差1000、往復7時間の山だ。
我が家は甲府に来た頃は車が一台しかなかったので、私は道路も分からず、登山はまったくガイドブックの一冊も持ったことがなく、したがって、どこへ向かっているのか?も、西岳が八ヶ岳の一部であるということも知らずに参加した。
10月、黄金色に輝くカラマツの紅葉が美しかった。
スタートしたのが10月だったので、冬山はお休み。ゼロシーズン目だ。夏山一シーズン目の翌年、ゴールデンウィークに、夫と八ヶ岳に出かけた。ニュウだ。北八つと本沢温泉からの硫黄岳を歩いた。
その後、夫と茅ヶ岳や瑞牆山に行き、夏の低山に辟易。低山趣味はないと分かった。かといって、混雑したアルプスは行く気になれなかったため、夏の山はお休み。11月は西穂独評。雪を抱いた姿は神々しく美しかった。
その後、冬山1シーズン目、本格的に冬山にデビューした。北八ヶ岳に通い、小屋泊に慣れると、南八つの権現岳に通った。権現はなかなか登れず、前三つ止まりで、最初のうちはピッケルも持っていなかった。だから、三ツ頭に到達した時は感動した。権現は標高差1500の山。
冬山2シーズン目、これ以上は、6本爪アイゼンとストックで行ける場所は行き尽くしてしまい、どうしても本格的なアイゼンとピッケルが必要になる山に行きたい、ということになった。
この時点で冬の天狗岳には3回すでに登っていた。
終にピッケルを購入。使用法を知らない道具はタダの重しだ。誰かにピッケルの使用法を学ばなくてはならない。そこでガイドの三上さんを紹介されたわけだった。
この出会いが本格的な岳人との最初の出会いだ。
三上ガイドと冬天狗へ行ったが、その時点で私達夫婦にとっては、4回目だった。ピッケルの使用法と緊急時の雪洞シェルター、ホワイトアウト時のナビゲーションを教わった。
その後、三上ガイドが「どこに行きたいの?」と聞くので、「川俣尾根」と答えた。
川俣尾根、と聞いた三上ガイドは驚愕した。が、作ってくれた山行が「ツルネ東稜~権現~川俣尾根」だ。この山行は、私の労働と交換で成立した。ガイド料は払っていない。素晴らしい山行だった。
当時、私は古い岳人の特集記事を基に、自分たちの登山計画を立てていた。それはこうだ。まずGWの八ヶ岳で足慣らしをする。次に夏の雪渓がある山に行く。冬の低山。八ヶ岳の天狗岳。北横岳や縞枯山、硫黄岳。美ヶ原や霧ヶ峰。そこから、ステップアップして、赤岳。権現。冬の鳳凰三山。さらには谷川岳、白毛門。八ヶ岳に近いのが山梨に住むことの強みだと思った。
その仕上げとしては、八ヶ岳の冬季の全山縦走を考えていた。この計画は、残念なことに、ここ数年、講習会や、山岳会などの他人を巻き込む活動を優先したため、棚上げになっている。
さて、八ヶ岳の全山縦走が目標だと三上ガイドに話すと、それは「アルパイン志向」と呼ぶのだと教えてくれた。したがって、私たち夫婦、特に私は、登山の初心者のころからアルパイン志向だったことになる。
冬山3シーズン目の冬、冬山は終にお正月の鳳凰三山(薬師小屋泊)まで漕ぎつけた。7時間のロングルートだ。ノートレースの尾根を歩き、自分たちだけのステップを刻む、美しい山だった。
冬天狗に一緒に行った人たちは、5、6万円程度のガイド料を払って、赤岳横岳の縦走をしていたが、私たちは、技術度を上げ、その保険にガイドを雇うのではなく、体力がいるルートをこなす、ということを先に選んだ。当時から、人で混雑する赤岳は好きになれなかった。
その年は、沢登りのツアーに参加し、奥多摩の海沢に行った。また、冬の氷雪技術を上げ、ガイドレス登山を続けるための技術的保険として、アイスクライミングを取り入れることとして、体験クライミングに参加した。
”ガイドレスで行く”、それが私たちの価値観だった。しかし、三上ガイドはそのための心強い応援者だった。今でも感謝しているし、本の貸し借りやギアの貸し借りを通じて交友は細いが続いている。
ただ厳冬期の鳳凰三山に自力登山ができる以上、これ以上の山に行くとなると、単独や個人山行では危険が大きすぎる。技術が必要だ。
■ 脱・一般道: 明神岳主稜への長い道
そのため、登山学校を模索した。山岳会は登山学校ではないので、最初から考慮になく、私はあくまでも、講習、教わることを目的にしていた。
自分で行く山しか考えていなかったからだ。
当初は岩崎元朗さんが主宰する、無名山塾に入会予定だった。厳冬期のタカマタギに行き、八ヶ岳と全く違う雪に驚いた。講師の方の山の技術、見る目、経験に感服した。今でもこの出会いを信じ、この時の講師の方に山を教わることができれば、どれだけよかっただろうと思っている。今となっては叶わぬ夢になってしまった。
当時、たまたま見かけた、長野県山岳総合センターのリーダー講習に応募したら、合格してしまった。過去3年間にものすごい勢いで冬山に行っていたからだろう。
この講習は無名山塾を私塾とすれば、公立学校ということができる。費用が安く、講習生は全国から募集で、約30人、女性は5人(だったが、すぐに3人に減ってしまった)。1年間の講習で、スタートは4月。登山4年目の夏だ。
リーダー講習は、知らなかったが、イマドキの山岳会がリーダー育成出来なくなっている事情を補足する講習だった。センターには様々な講習があり、”リーダー”というのは、単発で募集される”一般”との対比くらいの認識でいた。1年の講習だからだろう・・・と。実際は リーダーとはリードする人のことで、トップを登る気がない人はお呼びではない。
当時は山の世界については無知で何も知らない。しかし、講師たちが目指していたのは、”前穂北尾根が登れるリーダークラスの育成”だった。卒業後の講習生は、講師が所属する山岳会に吸収されていくのだった。
さて何をやったのか?
初日は、エイトノット、マスト結び、半マストからスタートし、実地は雪上訓練。扇沢の雪渓を17kg~20kgを担いで上がり、テント泊し、滑落停止訓練し、初めての懸垂下降は、雪上。初めての確保も雪上だった。その次はツエルト泊。
危急時対策と題する講習は、七倉沢で、ハーケンで中間支点を取りながらのフィックスロープ作成、徒渉でのフィックスロープの作成、岩場での懸垂下降、救助、搬送、など。この時も沢泊。当時は、クライミングシステムをまったく知らず、知っていること前提で講習は進むため、面食らった。
ただ”山をするとはどんなことか?”については、良く分かっている方のようだった。
クラスメートの誰も、『日本登山大系』を知らないことに驚いた。
夏山は、講習がないので、講習会費用をねん出するため、小屋バイトに行き、それで4年目は慌ただしく、過ぎて行った。帰りに、ついでで、後立を縦走。4泊5日。
講習会の場合、仲間関係は一時的なものだ。一方、山に必要なのは、息の長い関係だった。
12月、仲間を求め、山岳会を模索した。ガイドをしている人を通じ、岳連に尋ね、山梨県下の活動があると思われる、6つの会を検討した。そのうち1つは紹介が必要でやめた。5件にメールを出し、返答が来たのは3つだけだった。それらの例会にもそれぞれ参加した。
このころ、岩場で偶然出会った、老練なクライマーが師匠となってくれ、様々な助言を安心してもらうことができるようになった。このことについては、心から感謝している。
冬山は、自分たちで行った鳳凰三山から、師匠とともに歩いた、甲斐駒黒戸尾根、阿弥陀中央稜が最高の難度の山となった。
が、これは自分の山とするには、復習登山が必要だった。登山5年目の冬に突入した。3月に山岳会に入会したが、このシーズンは師匠としか歩いていない。アイスで広河原沢左俣へ行った。素晴らしく美しかった。
山岳会には3月に入会した。このことについては後悔している。私は入会の勧誘を受けて、入会したのだが、そうすべきではなかった。
山岳会に入会するときは、その山岳会に、教えたいと心から思っている人がいるときだけにしなくてはならない。
それは指導者という大げさなことではなくても、友達でもよく、またパートナーでもよい。一緒に行く相手が、そもそも最低一人、存在する会を選ばなくては意味がない。山岳会は、はないちもんめと同じことなのだ。それには山が合う必要がある。
私の山は地味だ。派手な山は、混雑しているので最初から敬遠しているのだから。ただ誰もが行く山は、一つの目安を得るためには知ってはおく必要があると思っている。文三郎尾根と言われて分からなければ、冬山のリスクの話ができない。
3月、ツルネ東稜は、「川俣尾根から権現登頂」という山として結実した。しかし、この山行は、肝心のプレゼントした相手(山岳会の人たち)には価値や意味を理解されなかった、という残念な山行として終わった。この山行には、私はこういう山に価値を見出します、という山の価値観を伝える意味があった。川俣尾根に登山道はない。危険はないがラッセルとルートファインディングが必要な山だからだ。
私はこの時、天狗尾根に行きたい人にすでになっていて、それがかなわないなら、単独がはばかられる、ツルネ東稜~旭岳経由での権現登頂を今度は自分で歩きたいと思っていた。これはザイルを出す山だから、単独では歩けないからだ。しかし、会のレベルに合わせるという目的で、川俣尾根からの登頂になったのだが、それでも12時間の山は大きすぎると苦情を受けた。
この時点での天狗尾根は、努力目標を設定するという目的で行くべき山だった。登山で山を大きくしていく・・・10から12の山へステップアップするには、15の山を経験しないといけない。そうすると、自分の行ける山は10から12へ大きくなる。例えば、私は前穂北尾根を経験したが、そのおかげで、おそらく北穂東稜には自分がリードして行くことができる。
登山は夏山4シーズン目に突入した。このころ、クライミングシステムの理解については、必死で独学し、マスターした。
役立ったのは、様々な教科書と言われる本と人工壁でのリードクライミングだった。まず目指したのは、ビレイ技術の習得だった。技術書や『生と死の分岐点』はむさぼるように読んだ。というか、読んでも読んでも、行間がある気がしたのだ。ビレイはスポーツクライミングで習得した。外岩で墜落した人を停止した経験がすでにある。
結局、文部省の登山研究所が出している確保理論を読むまでは、クライミングシステムを理解したと思えず、自信がつかなかった。リーダー講習から1年、クライミングシステムを理解するのに、結局、丸一年かかったことになる。
登山4回目の夏は、ひと夏をクラミングだけに捧げた。必要な投資、経費と思っていた。週に2回夜人工壁でクライミングし、土日は岩という生活だった。
■ 初期: 厳冬期の八ヶ岳
始まりは5年前の9月だった。私たち夫婦は、夫の転勤で山梨へ来た。
試しに参加した、ストローハットという、近所の山道具屋がやっていた登山ツアーに参加したのがきっかけだった。場所は八ヶ岳の西岳。標高差1000、往復7時間の山だ。
我が家は甲府に来た頃は車が一台しかなかったので、私は道路も分からず、登山はまったくガイドブックの一冊も持ったことがなく、したがって、どこへ向かっているのか?も、西岳が八ヶ岳の一部であるということも知らずに参加した。
10月、黄金色に輝くカラマツの紅葉が美しかった。
スタートしたのが10月だったので、冬山はお休み。ゼロシーズン目だ。夏山一シーズン目の翌年、ゴールデンウィークに、夫と八ヶ岳に出かけた。ニュウだ。北八つと本沢温泉からの硫黄岳を歩いた。
その後、夫と茅ヶ岳や瑞牆山に行き、夏の低山に辟易。低山趣味はないと分かった。かといって、混雑したアルプスは行く気になれなかったため、夏の山はお休み。11月は西穂独評。雪を抱いた姿は神々しく美しかった。
その後、冬山1シーズン目、本格的に冬山にデビューした。北八ヶ岳に通い、小屋泊に慣れると、南八つの権現岳に通った。権現はなかなか登れず、前三つ止まりで、最初のうちはピッケルも持っていなかった。だから、三ツ頭に到達した時は感動した。権現は標高差1500の山。
冬山2シーズン目、これ以上は、6本爪アイゼンとストックで行ける場所は行き尽くしてしまい、どうしても本格的なアイゼンとピッケルが必要になる山に行きたい、ということになった。
この時点で冬の天狗岳には3回すでに登っていた。
終にピッケルを購入。使用法を知らない道具はタダの重しだ。誰かにピッケルの使用法を学ばなくてはならない。そこでガイドの三上さんを紹介されたわけだった。
この出会いが本格的な岳人との最初の出会いだ。
三上ガイドと冬天狗へ行ったが、その時点で私達夫婦にとっては、4回目だった。ピッケルの使用法と緊急時の雪洞シェルター、ホワイトアウト時のナビゲーションを教わった。
その後、三上ガイドが「どこに行きたいの?」と聞くので、「川俣尾根」と答えた。
川俣尾根、と聞いた三上ガイドは驚愕した。が、作ってくれた山行が「ツルネ東稜~権現~川俣尾根」だ。この山行は、私の労働と交換で成立した。ガイド料は払っていない。素晴らしい山行だった。
当時、私は古い岳人の特集記事を基に、自分たちの登山計画を立てていた。それはこうだ。まずGWの八ヶ岳で足慣らしをする。次に夏の雪渓がある山に行く。冬の低山。八ヶ岳の天狗岳。北横岳や縞枯山、硫黄岳。美ヶ原や霧ヶ峰。そこから、ステップアップして、赤岳。権現。冬の鳳凰三山。さらには谷川岳、白毛門。八ヶ岳に近いのが山梨に住むことの強みだと思った。
その仕上げとしては、八ヶ岳の冬季の全山縦走を考えていた。この計画は、残念なことに、ここ数年、講習会や、山岳会などの他人を巻き込む活動を優先したため、棚上げになっている。
さて、八ヶ岳の全山縦走が目標だと三上ガイドに話すと、それは「アルパイン志向」と呼ぶのだと教えてくれた。したがって、私たち夫婦、特に私は、登山の初心者のころからアルパイン志向だったことになる。
冬山3シーズン目の冬、冬山は終にお正月の鳳凰三山(薬師小屋泊)まで漕ぎつけた。7時間のロングルートだ。ノートレースの尾根を歩き、自分たちだけのステップを刻む、美しい山だった。
冬天狗に一緒に行った人たちは、5、6万円程度のガイド料を払って、赤岳横岳の縦走をしていたが、私たちは、技術度を上げ、その保険にガイドを雇うのではなく、体力がいるルートをこなす、ということを先に選んだ。当時から、人で混雑する赤岳は好きになれなかった。
その年は、沢登りのツアーに参加し、奥多摩の海沢に行った。また、冬の氷雪技術を上げ、ガイドレス登山を続けるための技術的保険として、アイスクライミングを取り入れることとして、体験クライミングに参加した。
”ガイドレスで行く”、それが私たちの価値観だった。しかし、三上ガイドはそのための心強い応援者だった。今でも感謝しているし、本の貸し借りやギアの貸し借りを通じて交友は細いが続いている。
ただ厳冬期の鳳凰三山に自力登山ができる以上、これ以上の山に行くとなると、単独や個人山行では危険が大きすぎる。技術が必要だ。
■ 脱・一般道: 明神岳主稜への長い道
そのため、登山学校を模索した。山岳会は登山学校ではないので、最初から考慮になく、私はあくまでも、講習、教わることを目的にしていた。
自分で行く山しか考えていなかったからだ。
当初は岩崎元朗さんが主宰する、無名山塾に入会予定だった。厳冬期のタカマタギに行き、八ヶ岳と全く違う雪に驚いた。講師の方の山の技術、見る目、経験に感服した。今でもこの出会いを信じ、この時の講師の方に山を教わることができれば、どれだけよかっただろうと思っている。今となっては叶わぬ夢になってしまった。
当時、たまたま見かけた、長野県山岳総合センターのリーダー講習に応募したら、合格してしまった。過去3年間にものすごい勢いで冬山に行っていたからだろう。
この講習は無名山塾を私塾とすれば、公立学校ということができる。費用が安く、講習生は全国から募集で、約30人、女性は5人(だったが、すぐに3人に減ってしまった)。1年間の講習で、スタートは4月。登山4年目の夏だ。
リーダー講習は、知らなかったが、イマドキの山岳会がリーダー育成出来なくなっている事情を補足する講習だった。センターには様々な講習があり、”リーダー”というのは、単発で募集される”一般”との対比くらいの認識でいた。1年の講習だからだろう・・・と。実際は リーダーとはリードする人のことで、トップを登る気がない人はお呼びではない。
当時は山の世界については無知で何も知らない。しかし、講師たちが目指していたのは、”前穂北尾根が登れるリーダークラスの育成”だった。卒業後の講習生は、講師が所属する山岳会に吸収されていくのだった。
さて何をやったのか?
初日は、エイトノット、マスト結び、半マストからスタートし、実地は雪上訓練。扇沢の雪渓を17kg~20kgを担いで上がり、テント泊し、滑落停止訓練し、初めての懸垂下降は、雪上。初めての確保も雪上だった。その次はツエルト泊。
危急時対策と題する講習は、七倉沢で、ハーケンで中間支点を取りながらのフィックスロープ作成、徒渉でのフィックスロープの作成、岩場での懸垂下降、救助、搬送、など。この時も沢泊。当時は、クライミングシステムをまったく知らず、知っていること前提で講習は進むため、面食らった。
ただ”山をするとはどんなことか?”については、良く分かっている方のようだった。
クラスメートの誰も、『日本登山大系』を知らないことに驚いた。
夏山は、講習がないので、講習会費用をねん出するため、小屋バイトに行き、それで4年目は慌ただしく、過ぎて行った。帰りに、ついでで、後立を縦走。4泊5日。
講習会の場合、仲間関係は一時的なものだ。一方、山に必要なのは、息の長い関係だった。
12月、仲間を求め、山岳会を模索した。ガイドをしている人を通じ、岳連に尋ね、山梨県下の活動があると思われる、6つの会を検討した。そのうち1つは紹介が必要でやめた。5件にメールを出し、返答が来たのは3つだけだった。それらの例会にもそれぞれ参加した。
このころ、岩場で偶然出会った、老練なクライマーが師匠となってくれ、様々な助言を安心してもらうことができるようになった。このことについては、心から感謝している。
冬山は、自分たちで行った鳳凰三山から、師匠とともに歩いた、甲斐駒黒戸尾根、阿弥陀中央稜が最高の難度の山となった。
が、これは自分の山とするには、復習登山が必要だった。登山5年目の冬に突入した。3月に山岳会に入会したが、このシーズンは師匠としか歩いていない。アイスで広河原沢左俣へ行った。素晴らしく美しかった。
山岳会には3月に入会した。このことについては後悔している。私は入会の勧誘を受けて、入会したのだが、そうすべきではなかった。
山岳会に入会するときは、その山岳会に、教えたいと心から思っている人がいるときだけにしなくてはならない。
それは指導者という大げさなことではなくても、友達でもよく、またパートナーでもよい。一緒に行く相手が、そもそも最低一人、存在する会を選ばなくては意味がない。山岳会は、はないちもんめと同じことなのだ。それには山が合う必要がある。
私の山は地味だ。派手な山は、混雑しているので最初から敬遠しているのだから。ただ誰もが行く山は、一つの目安を得るためには知ってはおく必要があると思っている。文三郎尾根と言われて分からなければ、冬山のリスクの話ができない。
3月、ツルネ東稜は、「川俣尾根から権現登頂」という山として結実した。しかし、この山行は、肝心のプレゼントした相手(山岳会の人たち)には価値や意味を理解されなかった、という残念な山行として終わった。この山行には、私はこういう山に価値を見出します、という山の価値観を伝える意味があった。川俣尾根に登山道はない。危険はないがラッセルとルートファインディングが必要な山だからだ。
私はこの時、天狗尾根に行きたい人にすでになっていて、それがかなわないなら、単独がはばかられる、ツルネ東稜~旭岳経由での権現登頂を今度は自分で歩きたいと思っていた。これはザイルを出す山だから、単独では歩けないからだ。しかし、会のレベルに合わせるという目的で、川俣尾根からの登頂になったのだが、それでも12時間の山は大きすぎると苦情を受けた。
この時点での天狗尾根は、努力目標を設定するという目的で行くべき山だった。登山で山を大きくしていく・・・10から12の山へステップアップするには、15の山を経験しないといけない。そうすると、自分の行ける山は10から12へ大きくなる。例えば、私は前穂北尾根を経験したが、そのおかげで、おそらく北穂東稜には自分がリードして行くことができる。
登山は夏山4シーズン目に突入した。このころ、クライミングシステムの理解については、必死で独学し、マスターした。
役立ったのは、様々な教科書と言われる本と人工壁でのリードクライミングだった。まず目指したのは、ビレイ技術の習得だった。技術書や『生と死の分岐点』はむさぼるように読んだ。というか、読んでも読んでも、行間がある気がしたのだ。ビレイはスポーツクライミングで習得した。外岩で墜落した人を停止した経験がすでにある。
結局、文部省の登山研究所が出している確保理論を読むまでは、クライミングシステムを理解したと思えず、自信がつかなかった。リーダー講習から1年、クライミングシステムを理解するのに、結局、丸一年かかったことになる。
登山4回目の夏は、ひと夏をクラミングだけに捧げた。必要な投資、経費と思っていた。週に2回夜人工壁でクライミングし、土日は岩という生活だった。
行きたい山には行けず、講習会とクライミング、会山行で、義務やノルマを消化する日々だった。この年はフラストレーションを貯めた年だった。
秋に山岳会の先輩たちが北穂池・前穂北尾根に連れて行ってくれ、これがガス抜きとなった。
私は登山3年目までは冬山以外はほぼ知らず、4年目は講習だったので、基本的に夏山の経験はあまりない。
観光地化し、雑踏化した、夏の一般道を歩く経験が欲しいとは、初心者の当時から思っていなかった。皆がいくところには興味がそそられないのだ。
したがって、夏山といえば、最初からバリエーションしか存在しえなくなるわけだが、それは目指したわけではなく、結果的にそうならざるを得ない、という話だ。
夏山のバリエーションと言えば、本チャンと言われるアルパインルート、もしくは沢登りだ。
アルパインを志す場合、フリークライミングが加わる。フリーはアルパインの基礎を作るもの、と今日ではされてるからだ。
ただフリークライミングの人たちは山をしない人が多い。そこはクライミングを主と据えるか、山を主と据えるか、という問題だ。
クラミングだけをしたい人は、テントを担いでいく、重い荷を担いで、自分の足で山に登る活動には魅力を見出していない。車で乗り付けられるところで、クライミングだけをしたいのだ。ボルダリングも同じだ。したがって、根本的な思想の違いがあり、なかなか相いれない。
しかし、今の時代はフリークライミングなしに夏山の本チャンは存在しない。山好きな人には、クライミングを否定する人が多い。それも分かる。私自身がそうだったからだ。
しかし、アルパインの基礎がフリークライミングであると理解してからは、相いれなくても仕方がないとあきらめ、取り組むようになった。
フリーは、5級ならどの課題でも登れるようになる、つまり5級マスター、デシマルで言うと、11までは頑張りたいと思っている。今のグレードは、外岩リード、5.8.限界グレード5.10a。
夏山はアルパインか沢登りということで、アルパインのためには、都合2年を”自力で行く山”のために、先行投資している。登山5年目にしてやっと、明神岳主稜に行くことができるようになった。ずいぶん、遠回りした。2年分の努力が結実した、ということになる。
夏山のバリエーションルートについては、前穂北尾根以上の困難度は求めていない。私自身の行ける山で行きたい山と言う意味で、落としどころはそのレベルだと実感している。
■ 今後
一方、夏山の充実については、最初から沢を志向している。なぜか?それは、山において尾根は山の一部でしかないからだ。山を全部知ろうと思えば、谷もしらなくては、山の表情の半分を知ったことにしかならない。
沢登りには、山登りのすべてが凝縮されている。尾根だけでなく谷も、山の自然の造形の一部なのだ。尾根に景色がある以上に、沢には生命の息吹がある。すべての生き物は、水がないと生きていけないのだから。
沢登りはあらゆる登山形態の中でも、冬山同様に、危険が大きく、冬山以上に入門者に単独行が開かれていない分野だ。今年は沢登りを頑張りたいと願い、それは実現しつつあり、そのことに関しては感謝の気持ちしか沸き起こらない。
沢に関しては、師匠が去年、モロクボ沢など2か所を歩いてくれた。自力で歩く沢を志向し、ズミ沢、伝丈沢での沢泊、峠沢~青笹尾根などとして結実。初級の歩くだけで登攀要素がない沢については、すでに”自分の力で歩く沢”は実現した。
しかし登山では、10の山に行くには、12の山、15の山に行く経験を積まなくてはならない。
登山をなぜ好きなのか?
登山には、真の自由があるからだ。真の自由とは何か?
秋に山岳会の先輩たちが北穂池・前穂北尾根に連れて行ってくれ、これがガス抜きとなった。
私は登山3年目までは冬山以外はほぼ知らず、4年目は講習だったので、基本的に夏山の経験はあまりない。
観光地化し、雑踏化した、夏の一般道を歩く経験が欲しいとは、初心者の当時から思っていなかった。皆がいくところには興味がそそられないのだ。
したがって、夏山といえば、最初からバリエーションしか存在しえなくなるわけだが、それは目指したわけではなく、結果的にそうならざるを得ない、という話だ。
夏山のバリエーションと言えば、本チャンと言われるアルパインルート、もしくは沢登りだ。
アルパインを志す場合、フリークライミングが加わる。フリーはアルパインの基礎を作るもの、と今日ではされてるからだ。
ただフリークライミングの人たちは山をしない人が多い。そこはクライミングを主と据えるか、山を主と据えるか、という問題だ。
クラミングだけをしたい人は、テントを担いでいく、重い荷を担いで、自分の足で山に登る活動には魅力を見出していない。車で乗り付けられるところで、クライミングだけをしたいのだ。ボルダリングも同じだ。したがって、根本的な思想の違いがあり、なかなか相いれない。
しかし、今の時代はフリークライミングなしに夏山の本チャンは存在しない。山好きな人には、クライミングを否定する人が多い。それも分かる。私自身がそうだったからだ。
しかし、アルパインの基礎がフリークライミングであると理解してからは、相いれなくても仕方がないとあきらめ、取り組むようになった。
フリーは、5級ならどの課題でも登れるようになる、つまり5級マスター、デシマルで言うと、11までは頑張りたいと思っている。今のグレードは、外岩リード、5.8.限界グレード5.10a。
夏山はアルパインか沢登りということで、アルパインのためには、都合2年を”自力で行く山”のために、先行投資している。登山5年目にしてやっと、明神岳主稜に行くことができるようになった。ずいぶん、遠回りした。2年分の努力が結実した、ということになる。
夏山のバリエーションルートについては、前穂北尾根以上の困難度は求めていない。私自身の行ける山で行きたい山と言う意味で、落としどころはそのレベルだと実感している。
■ 今後
一方、夏山の充実については、最初から沢を志向している。なぜか?それは、山において尾根は山の一部でしかないからだ。山を全部知ろうと思えば、谷もしらなくては、山の表情の半分を知ったことにしかならない。
沢登りには、山登りのすべてが凝縮されている。尾根だけでなく谷も、山の自然の造形の一部なのだ。尾根に景色がある以上に、沢には生命の息吹がある。すべての生き物は、水がないと生きていけないのだから。
沢登りはあらゆる登山形態の中でも、冬山同様に、危険が大きく、冬山以上に入門者に単独行が開かれていない分野だ。今年は沢登りを頑張りたいと願い、それは実現しつつあり、そのことに関しては感謝の気持ちしか沸き起こらない。
沢に関しては、師匠が去年、モロクボ沢など2か所を歩いてくれた。自力で歩く沢を志向し、ズミ沢、伝丈沢での沢泊、峠沢~青笹尾根などとして結実。初級の歩くだけで登攀要素がない沢については、すでに”自分の力で歩く沢”は実現した。
しかし登山では、10の山に行くには、12の山、15の山に行く経験を積まなくてはならない。
登山をなぜ好きなのか?
登山には、真の自由があるからだ。真の自由とは何か?
自分の実力をよく知り、自分が制御できる範囲でリスクを取り、自分の好きなように歩くことだ。
その人の山のサイズが、その人の人間としての実力そのまま、なのである。登山では、人間の実力がとても分かりやすい。
自分自身の努力で、自分の行動範囲、自由を広げていく、のが、登山という活動ではないだろうか?そのために、応援者として、講習会があり、仲間がおり、指導者が存在する。
自分の自由度が拡大するには、自然に関する深い洞察力が必要となる。結果、山の自由を拡大することと、山について深く知るといういうことは、イコール関係となる。
そこが、山の経験値ということだ。自然に対する知識が深く、理解が大きいほど、山での自由度と安全性は増す。
そういう意味では、私の沢での自由度は非常に小さい。知識も技術も限定されている。自力で行ける沢は、伝丈沢程度だ。
一方、尾根での自由度は、もうすでに自分が願った通りに拡大した。これ以上は求めていない。
冬に目を転じると、雪稜では、これ以上、自由が拡大すること、つまり自力で行ける山が大きくなることについては、命の危険がある。
厳冬期の八ヶ岳でソロテント泊する人が、それ以上大きい山、を求めれば、かならずそこには凍傷や死の危険がある。したがって、雪稜で自由を拡大することはほぼ不可能だ。
一方、冬の垂直志向である、アイスは、ゲレンデとルートをこなしていく、その繰り返しがあるだけだ。2年ほど峰の松目沢と思い続けたが、機会が与えられず、去年、これはジョウゴ沢として結実した。ただし、ノーザイルだ。
・・・というわけで、総合すると、わたしにとっても、多くの岳人が到達したのと同じ結論が待っていた。
山における、自由拡大のフィールドは、おそらく沢にある、ということだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
道のあるところだけを登るのが山登りではない。がけにあおうが、密林に出くわそうが、どんなところが出てこようとも、そこを自由自在に歩けてこそ、初めて一人前の山登りということができるのである。
そのためには基礎訓練をしっかりやって、あらゆる技術を身につけておく必要がある。だから我々の学生時代には、ひとつの特技だけを身に着けたスペシャリストになることを避けて、オールラウンドの訓練をやるようにやかましくいったものだ。たとえば岩登り専門の人は、岩ばかりを求めて山を忘れてしまう。
一口に山と言っても、道標があり、登山道がちゃんとついている山もあれば、また炭焼き、樵の通る道を利用できるだけ利用し、最後は道なき道をかき分けて登らなければならない山もたくさんある。
山に登ってもすっきり登れることもあるし、つまずくときもある。いくら前もって資料をたんねんに集めたからといっても、それで百発百中とはいかないところに、いつまでたってもやめられない学問や登山の面白みがある。長年の経験がものをいうということもあるが、これはどこまでも理屈ではないと私は思っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今西錦司
≪まとめ≫
・雪稜
キッカケ: 西岳・西穂独評
スタート: 厳冬期八ヶ岳
↓
・・・ツルネ東稜を経て
↓
お正月鳳凰三山
↓
・・・厳冬期甲斐駒黒戸尾根、を経て
↓
現在の実力: 厳冬期八ヶ岳単独テント泊
・アルパイン
キッカケ: 北岳単独
スタート: 後立山4泊5日単独テント泊縦走
↓
・・・ゲレンデ、小川山通い、および前穂北尾根を経て
↓
現在の実力: 明神岳主稜
・沢
・・・講習会(東沢釜の沢)を経て
↓
現在の実力: 伝丈沢(沢泊、焚火)、ズミ沢(1級程度の登攀)
・アイス
・・・講習会(岩根アイスツリー)
↓
・・・広河原沢左俣を経て
↓
現在の実力: 南沢小滝(ゲレンデ)、ジョウゴ沢(ルート ノーザイル突破)
その人の山のサイズが、その人の人間としての実力そのまま、なのである。登山では、人間の実力がとても分かりやすい。
自分自身の努力で、自分の行動範囲、自由を広げていく、のが、登山という活動ではないだろうか?そのために、応援者として、講習会があり、仲間がおり、指導者が存在する。
自分の自由度が拡大するには、自然に関する深い洞察力が必要となる。結果、山の自由を拡大することと、山について深く知るといういうことは、イコール関係となる。
そこが、山の経験値ということだ。自然に対する知識が深く、理解が大きいほど、山での自由度と安全性は増す。
そういう意味では、私の沢での自由度は非常に小さい。知識も技術も限定されている。自力で行ける沢は、伝丈沢程度だ。
一方、尾根での自由度は、もうすでに自分が願った通りに拡大した。これ以上は求めていない。
冬に目を転じると、雪稜では、これ以上、自由が拡大すること、つまり自力で行ける山が大きくなることについては、命の危険がある。
厳冬期の八ヶ岳でソロテント泊する人が、それ以上大きい山、を求めれば、かならずそこには凍傷や死の危険がある。したがって、雪稜で自由を拡大することはほぼ不可能だ。
一方、冬の垂直志向である、アイスは、ゲレンデとルートをこなしていく、その繰り返しがあるだけだ。2年ほど峰の松目沢と思い続けたが、機会が与えられず、去年、これはジョウゴ沢として結実した。ただし、ノーザイルだ。
・・・というわけで、総合すると、わたしにとっても、多くの岳人が到達したのと同じ結論が待っていた。
山における、自由拡大のフィールドは、おそらく沢にある、ということだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
道のあるところだけを登るのが山登りではない。がけにあおうが、密林に出くわそうが、どんなところが出てこようとも、そこを自由自在に歩けてこそ、初めて一人前の山登りということができるのである。
そのためには基礎訓練をしっかりやって、あらゆる技術を身につけておく必要がある。だから我々の学生時代には、ひとつの特技だけを身に着けたスペシャリストになることを避けて、オールラウンドの訓練をやるようにやかましくいったものだ。たとえば岩登り専門の人は、岩ばかりを求めて山を忘れてしまう。
一口に山と言っても、道標があり、登山道がちゃんとついている山もあれば、また炭焼き、樵の通る道を利用できるだけ利用し、最後は道なき道をかき分けて登らなければならない山もたくさんある。
山に登ってもすっきり登れることもあるし、つまずくときもある。いくら前もって資料をたんねんに集めたからといっても、それで百発百中とはいかないところに、いつまでたってもやめられない学問や登山の面白みがある。長年の経験がものをいうということもあるが、これはどこまでも理屈ではないと私は思っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今西錦司
≪まとめ≫
・雪稜
キッカケ: 西岳・西穂独評
スタート: 厳冬期八ヶ岳
↓
・・・ツルネ東稜を経て
↓
お正月鳳凰三山
↓
・・・厳冬期甲斐駒黒戸尾根、を経て
↓
現在の実力: 厳冬期八ヶ岳単独テント泊
・アルパイン
キッカケ: 北岳単独
スタート: 後立山4泊5日単独テント泊縦走
↓
・・・ゲレンデ、小川山通い、および前穂北尾根を経て
↓
現在の実力: 明神岳主稜
・沢
・・・講習会(東沢釜の沢)を経て
↓
現在の実力: 伝丈沢(沢泊、焚火)、ズミ沢(1級程度の登攀)
・アイス
・・・講習会(岩根アイスツリー)
↓
・・・広河原沢左俣を経て
↓
現在の実力: 南沢小滝(ゲレンデ)、ジョウゴ沢(ルート ノーザイル突破)
9/04/2015
ヤマレコでストーキング被害報告がありました
■ストーキング?!
ヤマレコでストーカー被害が報告されました。
http://www.yamareco.com/modules/yamanote/detail.php?nid=1297
簡単に経緯をまとめると…
山で偶然の出会い
→さらなる偶然の出会いをヤマレコの計画書を悪用して演出
→個人情報交換
→ストーキング
ということだそうです… 非常にびっくり!な結果ですね。女性の目から見ると、一言、
怖い!
です。登山計画の悪用、ということです。
■ 誰に下山遅れを見つけてもらうか?
山行計画書は、山岳会に属していれば、通常は山岳会に出します。下山が無かったら遭難ということで、そうと確定すれば、警察署に連絡してくれます。また捜索にも出かけてくれます。
このことを 山行管理、と言います。山岳会の存在意義はそこにある、と一説に言われています。
一方、ヤマレコの計画書では、ヤマレコの自動連絡機能が山岳会の代わりをしてくれる、というわけです。(これは後述するコンパスでも同じです。)
プロのガイドさんはコンパスという名のサイトの利用を推奨していることが多いです。これは、ガイド組織がコンパスを作っているからですね(笑)。
≪まとめ≫
山岳会経由 個人 → 山岳会 → 警察署
無組織登山者 個人 → 警察
プロガイド 個人 → 警察
流れ的には、個人もプロガイドも変わりがない? 連絡と言う面で見ると、直接警察に連絡した場合のほうが、通報と言う意味では早いのかもしれないと思えます。
■ ヤマレコやコンパスのメリット?
ヤマレコやコンパスのメリットは何なのか? たぶん、使う側の理由より、行政側の理由の方が大きそうですが・・・とはいえ、たぶん、計画書が電子ファイル化されていれば、検索で情報がヒットできるため、対応が容易で、結果としては早いかもしれません。
例えば、登山口で登山ポストに出す登山届では、人の目で一つ一つ見て、仕分けしなくてはなりません。私も登山前に登山ポストに登山届を入れて、下山届を出していないときがありましたが、連絡が来たことはありませんよね。
余談ですが、ニュージーランドでは、DOCと呼ばれる組織が全登山、入山を管理しており、下山報告を出さないとすぐ捜索になってしまうそうです。人口が少ないからやりやすいのかもしれませんが、進んでいますね~!
私が不思議なのは、山岳会に登山届を出していても、上高地でまた登山ポストに入れる登山届を書くのですが、あれって必要なんですかね?
≪まとめ≫
・(たぶん)電子化した登山届は、登山ポストより、遭難した時、情報の特定が早い
■ コンパス?
では、プロであるガイドさんたちは、どうしているのか?と言いますと…コンパスが推奨されています。
使用法はこちら: http://www.mt-compass.com/teishutsu.php
機能はヤマレコと同じです。
下山遅れを見逃さないよう、下山の確認を促すメールが各種設定したメールアドレスに自動送信される、という仕組みです。
機能を提供している側である、コンパスやヤマレコは、個人情報を一時的にプールしている、という訳ですね。いや~イマドキ、個人情報は宝の山です(^^;)。
コンパスはヤマレコと比べて後発のため、
1)既にある記録から、ルートをコピーして山行計画を作成する機能がない
2)登録されている記録数がヤマレコとくらべ少ない
3)そのため、参考にできる新鮮な登山情報が少ない
4)バリエーションルートが載っていない
という問題があります。ヤマレコのほうが、平たく言えば、使い勝手に優れています。
■ 地図共有や印刷がらく
私がヤマレコの計画書を使い始めたのは、
ヤマレコでは地図の共有が簡単だから
です。
個人山行では、カシミールで地図を印刷すればいいことなので、ヤマレコを計画に使ったことはありません。
登山では、一般に、地図は2万5千の地図を通常、携帯するのが常識です。
地図の準備は、人それぞれ好きなようにやればよいのですが、2万5千の地図は売っている書店が少ないです。
国土地理院の地図は、実は、インターネットで注文し、取り寄せもできます・・・が、今度は、インターネットが使えない、もしくは使いたくない人もいます。
あとは、明日行きたいのに、郵送を待っていては間に合いません。
国土地理院の地図は、無料で全て公開されており、ウォッチずにアクセスすれば、誰でもすぐ印刷でき、良い時代になったなぁ~という感じです。
昔の人はどうやって地図を入手したのだろう???昔より今の方が格段に2万5千の地図は入手が容易なのでは、と推察しています。
うぉっちずやカシミールより、地図印刷の敷居が低いのがヤマレコです。
ヤマレコは、該当するルートを中心にした2万5千の地図の印刷が1クリックででき、印刷領域を加減するだけで、必要な個所を印刷できます。
≪ヤマレコで2万5千の地図を印刷するメリット≫
・地図が無料
・印刷が容易
・共有が容易
・最新の地図が入手できる
・拡大縮小が容易
・すぐ手に入る
・計画書をそのまま山行報告書へ利用できる
・前に歩いた人のルートを計画書に転用できる
私はしませんが、GPSをダウンロードすれば、その軌跡をナビにも使えます。ただそんなことをしたら、前の人が歩いた箇所をなぞるだけの登山となり、何が面白いのかなぁ・・・となるので、そのような使い方はしたことがありませんが。
というわけで、非常に使いやすいです。
コンパスの方は、段々とヤマレコの登山計画書並みになってきているようですが、
・後発であることと
・お役所目線で作ってある
だけにユーザーの使い勝手よりも、どちらかというとお役所仕事的な感じが先立つようで、イマヒトツ、使う理由が見当たりません。
ヤマレコでもコンパスでも、自宅で印刷した地図は、紙の質が悪いですから、防水加工は工夫する必要があります。
≪自宅印刷のデメリット≫
・紙質が水に弱い
・A4やA3など、自宅のプリンターの印刷サイズ限定
・最新の2万5千の国土地理院の地図のように陰影がない
■ 提出先
計画書が手書きでも、エクセルでも、ヤマレコでも、…どこで計画書を作っても、提出する先は、登ろうとする山が存在する都道府県の警察署です。
なので大事なのは、どこの山がどこの警察署の所管なのか…です。
例えば、同じ赤岳でも、野辺山側だと山梨県警になり、美濃戸側だと長野県警になります。
ちょっと余談になりますが、捜索活動に慣れているのは、山梨側ではなく、長野側です…、残念ながら現実です。
でも、山岳県と言われている県はそう多くありません。山梨県の山はこちらのメアド。
kst-chiiki@pref.yamanashi.lg.jp
長野県警
https://www.shinsei.elg-front.jp/nagano/uketsuke/dform.do?id=1359683176274
こちらに全国の山と登山届の提出先をまとめたサイトがあります。http://campsite7.jp/2013/12/17/3482/
助かりますね~!ネットって素晴らしい~
関東で活動する山ヤに必要そうなところだけ、抜粋してみました。電話番号だけの県もあります。
119番みたいな通報しか受け付けないということなのかなぁ?基本的に登山届けよりも、遭難と確定した通報だけが欲しいのかもしれません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【谷川岳】0278-72-3688(0278-72-3688#)
【埼玉】048-825-7166(048-832-0110#)
【富山】kenkei01@tpp.pref.toyama.lg.jp(076-441-2211#)
【剣岳冬季】富山市新総曲輪1-7(076-444-3399#)
【長野県】長野市大字南長野字幅下692-2(026-233-0110#)
【長野県】http://p.tl/H9ax(026-235-3611#)
【山梨】kst-chiiki@pref.yamanashi.lg.jp(055-235-2121#3576)
【静岡】054-271-3776(054-271-0110#)
【神奈川】045-211-1212(045-211-1212#3532)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これらの電話番号は、リーダーとなった場合だけでなく、メンバーとしていく場合でも、スマホに登録して置いたほうが良いでしょう。
どうせスマホのメモリを使うなら、有益な情報に使いたいですよね(笑)。
古くなって要らなくなった交友関係を整理して、役立ちそうな番号を入れておくのが◎。
■ その他のおススメポイント!
私は必ず山行計画書は、
・自宅に1枚、
・車に1枚
と計3枚用意しています。登山口の自分の車のダッシュボード、見えるところに1枚入れておきます。
というのも、仮に山岳会の誰にも気が着いてもらえなかった場合・・・登山口に不審な車が何日もあれば警察に通報されます。その時、役立ちます。
また、車が限定できれば確実にそこに行っている、ということは確定になるからです。
・転進対策
よく登山では転進になります。一度八ヶ岳に行く予定で、太刀岡山に転進になったことがありましたっけ…。八ヶ岳に登っているとみんなは思っていますから、もし転進先の太刀岡で遭難したら、捜索先は八ヶ岳になってしまいます。
その場合でも、車がなければ、その山には行っていない。転進先の太刀岡で車があり、登山計画が外から見える状態にあれば、その山に入ったということで捜索範囲はかなり狭められます。
それ以前ですが、家の人に行先を告げるのは大事なことです。
私の場合は夫も地図を読めるので、バリエーションルートでも、夫が歩く場所を理解している、というのが安心の一つの材料になっています。
ヤマレコでストーカー被害が報告されました。
http://www.yamareco.com/modules/yamanote/detail.php?nid=1297
簡単に経緯をまとめると…
山で偶然の出会い
→さらなる偶然の出会いをヤマレコの計画書を悪用して演出
→個人情報交換
→ストーキング
ということだそうです… 非常にびっくり!な結果ですね。女性の目から見ると、一言、
怖い!
です。登山計画の悪用、ということです。
■ 誰に下山遅れを見つけてもらうか?
山行計画書は、山岳会に属していれば、通常は山岳会に出します。下山が無かったら遭難ということで、そうと確定すれば、警察署に連絡してくれます。また捜索にも出かけてくれます。
このことを 山行管理、と言います。山岳会の存在意義はそこにある、と一説に言われています。
一方、ヤマレコの計画書では、ヤマレコの自動連絡機能が山岳会の代わりをしてくれる、というわけです。(これは後述するコンパスでも同じです。)
プロのガイドさんはコンパスという名のサイトの利用を推奨していることが多いです。これは、ガイド組織がコンパスを作っているからですね(笑)。
≪まとめ≫
山岳会経由 個人 → 山岳会 → 警察署
無組織登山者 個人 → 警察
プロガイド 個人 → 警察
流れ的には、個人もプロガイドも変わりがない? 連絡と言う面で見ると、直接警察に連絡した場合のほうが、通報と言う意味では早いのかもしれないと思えます。
■ ヤマレコやコンパスのメリット?
ヤマレコやコンパスのメリットは何なのか? たぶん、使う側の理由より、行政側の理由の方が大きそうですが・・・とはいえ、たぶん、計画書が電子ファイル化されていれば、検索で情報がヒットできるため、対応が容易で、結果としては早いかもしれません。
例えば、登山口で登山ポストに出す登山届では、人の目で一つ一つ見て、仕分けしなくてはなりません。私も登山前に登山ポストに登山届を入れて、下山届を出していないときがありましたが、連絡が来たことはありませんよね。
余談ですが、ニュージーランドでは、DOCと呼ばれる組織が全登山、入山を管理しており、下山報告を出さないとすぐ捜索になってしまうそうです。人口が少ないからやりやすいのかもしれませんが、進んでいますね~!
私が不思議なのは、山岳会に登山届を出していても、上高地でまた登山ポストに入れる登山届を書くのですが、あれって必要なんですかね?
≪まとめ≫
・(たぶん)電子化した登山届は、登山ポストより、遭難した時、情報の特定が早い
■ コンパス?
では、プロであるガイドさんたちは、どうしているのか?と言いますと…コンパスが推奨されています。
使用法はこちら: http://www.mt-compass.com/teishutsu.php
機能はヤマレコと同じです。
下山遅れを見逃さないよう、下山の確認を促すメールが各種設定したメールアドレスに自動送信される、という仕組みです。
機能を提供している側である、コンパスやヤマレコは、個人情報を一時的にプールしている、という訳ですね。いや~イマドキ、個人情報は宝の山です(^^;)。
コンパスはヤマレコと比べて後発のため、
1)既にある記録から、ルートをコピーして山行計画を作成する機能がない
2)登録されている記録数がヤマレコとくらべ少ない
3)そのため、参考にできる新鮮な登山情報が少ない
4)バリエーションルートが載っていない
という問題があります。ヤマレコのほうが、平たく言えば、使い勝手に優れています。
■ 地図共有や印刷がらく
私がヤマレコの計画書を使い始めたのは、
ヤマレコでは地図の共有が簡単だから
です。
個人山行では、カシミールで地図を印刷すればいいことなので、ヤマレコを計画に使ったことはありません。
登山では、一般に、地図は2万5千の地図を通常、携帯するのが常識です。
地図の準備は、人それぞれ好きなようにやればよいのですが、2万5千の地図は売っている書店が少ないです。
国土地理院の地図は、実は、インターネットで注文し、取り寄せもできます・・・が、今度は、インターネットが使えない、もしくは使いたくない人もいます。
あとは、明日行きたいのに、郵送を待っていては間に合いません。
国土地理院の地図は、無料で全て公開されており、ウォッチずにアクセスすれば、誰でもすぐ印刷でき、良い時代になったなぁ~という感じです。
昔の人はどうやって地図を入手したのだろう???昔より今の方が格段に2万5千の地図は入手が容易なのでは、と推察しています。
うぉっちずやカシミールより、地図印刷の敷居が低いのがヤマレコです。
ヤマレコは、該当するルートを中心にした2万5千の地図の印刷が1クリックででき、印刷領域を加減するだけで、必要な個所を印刷できます。
≪ヤマレコで2万5千の地図を印刷するメリット≫
・地図が無料
・印刷が容易
・共有が容易
・最新の地図が入手できる
・拡大縮小が容易
・すぐ手に入る
・計画書をそのまま山行報告書へ利用できる
・前に歩いた人のルートを計画書に転用できる
私はしませんが、GPSをダウンロードすれば、その軌跡をナビにも使えます。ただそんなことをしたら、前の人が歩いた箇所をなぞるだけの登山となり、何が面白いのかなぁ・・・となるので、そのような使い方はしたことがありませんが。
というわけで、非常に使いやすいです。
コンパスの方は、段々とヤマレコの登山計画書並みになってきているようですが、
・後発であることと
・お役所目線で作ってある
だけにユーザーの使い勝手よりも、どちらかというとお役所仕事的な感じが先立つようで、イマヒトツ、使う理由が見当たりません。
ヤマレコでもコンパスでも、自宅で印刷した地図は、紙の質が悪いですから、防水加工は工夫する必要があります。
≪自宅印刷のデメリット≫
・紙質が水に弱い
・A4やA3など、自宅のプリンターの印刷サイズ限定
・最新の2万5千の国土地理院の地図のように陰影がない
■ 提出先
計画書が手書きでも、エクセルでも、ヤマレコでも、…どこで計画書を作っても、提出する先は、登ろうとする山が存在する都道府県の警察署です。
なので大事なのは、どこの山がどこの警察署の所管なのか…です。
例えば、同じ赤岳でも、野辺山側だと山梨県警になり、美濃戸側だと長野県警になります。
ちょっと余談になりますが、捜索活動に慣れているのは、山梨側ではなく、長野側です…、残念ながら現実です。
でも、山岳県と言われている県はそう多くありません。山梨県の山はこちらのメアド。
kst-chiiki@pref.yamanashi.lg.jp
長野県警
https://www.shinsei.elg-front.jp/nagano/uketsuke/dform.do?id=1359683176274
こちらに全国の山と登山届の提出先をまとめたサイトがあります。http://campsite7.jp/2013/12/17/3482/
助かりますね~!ネットって素晴らしい~
関東で活動する山ヤに必要そうなところだけ、抜粋してみました。電話番号だけの県もあります。
119番みたいな通報しか受け付けないということなのかなぁ?基本的に登山届けよりも、遭難と確定した通報だけが欲しいのかもしれません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【谷川岳】0278-72-3688(0278-72-3688#)
【埼玉】048-825-7166(048-832-0110#)
【富山】kenkei01@tpp.pref.toyama.lg.jp(076-441-2211#)
【剣岳冬季】富山市新総曲輪1-7(076-444-3399#)
【長野県】長野市大字南長野字幅下692-2(026-233-0110#)
【長野県】http://p.tl/H9ax(026-235-3611#)
【山梨】kst-chiiki@pref.yamanashi.lg.jp(055-235-2121#3576)
【静岡】054-271-3776(054-271-0110#)
【神奈川】045-211-1212(045-211-1212#3532)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これらの電話番号は、リーダーとなった場合だけでなく、メンバーとしていく場合でも、スマホに登録して置いたほうが良いでしょう。
どうせスマホのメモリを使うなら、有益な情報に使いたいですよね(笑)。
古くなって要らなくなった交友関係を整理して、役立ちそうな番号を入れておくのが◎。
■ その他のおススメポイント!
私は必ず山行計画書は、
・自宅に1枚、
・車に1枚
と計3枚用意しています。登山口の自分の車のダッシュボード、見えるところに1枚入れておきます。
というのも、仮に山岳会の誰にも気が着いてもらえなかった場合・・・登山口に不審な車が何日もあれば警察に通報されます。その時、役立ちます。
また、車が限定できれば確実にそこに行っている、ということは確定になるからです。
・転進対策
よく登山では転進になります。一度八ヶ岳に行く予定で、太刀岡山に転進になったことがありましたっけ…。八ヶ岳に登っているとみんなは思っていますから、もし転進先の太刀岡で遭難したら、捜索先は八ヶ岳になってしまいます。
その場合でも、車がなければ、その山には行っていない。転進先の太刀岡で車があり、登山計画が外から見える状態にあれば、その山に入ったということで捜索範囲はかなり狭められます。
それ以前ですが、家の人に行先を告げるのは大事なことです。
私の場合は夫も地図を読めるので、バリエーションルートでも、夫が歩く場所を理解している、というのが安心の一つの材料になっています。
8/25/2015
風邪を引いた
昨日、喉風邪を引いた・・・ 呼吸をするたびに喉から空気の音がする・・・大きな黄色い痰がでる。体が風邪の菌と戦っている・・・
朝起きたときは、なんともなかった。着替えたら、あれよと言う間に風邪を引いてしまった。
ショートパンツとキャミソール。どっちも体を冷やす。けれど、夏の暑い日がしばらく続いたから、ずっとそんな恰好をしていた。昨日も、気にも留めていなかった・・・
最近、涼しくなったな~、と感じていたのに、それに対応しなかった・・・
風邪を引くのは自己管理が悪いからだ、とよく言う。
今回の喉風邪は、あら?と思ったら、もう引いた。その瞬間が特定できるほどだ。すぐにイソジンでうがいしたが、届かず・・
風邪を引いたら、いつも、風邪を治すことに全力投球することにしている。病気を我慢するような、不合理な行動はしない。どちらかというと早期発見で、直してしまう方だ。
はちみつをすぐさま舐める・・・加熱殺菌処理されていない、純粋なはちみつだ。そうでないと薬としての効果はない。とても高価なので、普段の食事には使わない。風邪の日用・・・のどの痛みは少し和らいだ。
ついで、ビタミンCを大量摂取する。体が風邪の菌と戦うのを支援する目的だ。効いているのかは分からない。けれど、ビタミンCは大量に採っても尿中に排出される。尿が色づいたら分かるはずだが、そうもなっていないのを考えると、役立っているのかもしれない。が一方では気休めかもしれない。それでも私にとっては、プラセボ効果かもしれないから、飲んでおく。
肩甲骨の間の上の方にカイロを貼る・・・喉にコットンのマフラーを巻いて保温する・・・
生姜のサプリを飲み、思い切ってベッドにもぐりこむ。集中して寝てみる。
そこまでやっても、回復傾向にならなかった・・・。
さては、と温かいお風呂に使って体温をあげ、喉に湿度を与える。食事は消化の良いもの。
飲み物は、緑茶。コーヒーは喉には全然良くないようだ。
そこまでしてみたが、初期の、風邪の菌を取り込んだ状態で、撃退はできなかった・・・ここまでやればできるときもあるのに。
風邪のときは、砂糖を使ったもの、塩分が強いもの、冷たいもの、クリーミーなもの、インスタント食品は体に悪い。症状が悪化するのですぐにわかる。
パソコンで、何か建設的なことをするのも、症状を悪化させる、だから、高度なことはしないでおく。
結局、風邪初日では撃退できなかった・・・。
夏用のパジャマを改めロングスリーブにして、枕的には硫化アリルを期待して、玉ねぎのスライスを置く。新品のガーゼマスクを持ちだして、はっかオイルを当てる。
それでも喉の音は収まらず、今度は悪寒が始まるのではないかという気配すらする。すこし下痢気味だ。消化系に入るバイキンは気にならないけど、肺には入ってもらいたくないな・・・。
今年は、夏の山が充実したな~と最近はうれしい気持ちでいた。ここ2年ほど夏山はあまり充実しなかったからだ。
8月の山行は10山行。今週末もあるから、11か。これくらい活動的でないと調子が出ないのかもなーなんて、呑気に考えていたところだった。
直近の山行は、面白かったし、体力的な困難もそこまで感じなかった。筋肉痛や単純な疲れは、体が作られていくときは普通のことで、普通にレストすればよく、翌日は夫と温泉を楽しんだ。レストは完璧と思ったのになぁ・・・。
でもやっぱり、些細なことで風邪を引いたってことは、体が疲れていたということなのだろうか?
免疫力が下がったということは確実だから、うっかり薄着したくらいの些細なことが体温を下げて、それで免疫が下がるということはそれだけ防衛体力が手薄だということなのだろうか?
すぐにお風呂に入れば良かったのか???
秋が始まったのに、うっかり薄着したくらいで、風邪を引いているようじゃなぁ・・・。
・・・というわけで、今日はラジオの収録がある日だってのに、とても普段通りの声ではない。
喉から風穴音がする・・・
今日は建設的なことはとてもできそうにない・・・というか、すべきとは思えない・・・
最近すごくたくさん寝汗をかくなと思っていたので、季節の変化に体の方が付いて行きにくくなっていたのは、そうなのだろう。寝汗は自律神経失調症のサインだからだ。
しかし・・・自律神経・・・ヨガを教えていて整えられなかったら、本当に一体どうしろと言うのだろうか?
ただ体調の悪化は、喉だけのことで肉体的には不調は感じられないし、精神的にも、不調はかんじられない・・・
ということは、今日は運悪く安静に、ということか。仕事の予定がある日なのに、安静に全力を尽くす日、になった今日。
朝起きたときは、なんともなかった。着替えたら、あれよと言う間に風邪を引いてしまった。
ショートパンツとキャミソール。どっちも体を冷やす。けれど、夏の暑い日がしばらく続いたから、ずっとそんな恰好をしていた。昨日も、気にも留めていなかった・・・
最近、涼しくなったな~、と感じていたのに、それに対応しなかった・・・
風邪を引くのは自己管理が悪いからだ、とよく言う。
今回の喉風邪は、あら?と思ったら、もう引いた。その瞬間が特定できるほどだ。すぐにイソジンでうがいしたが、届かず・・
風邪を引いたら、いつも、風邪を治すことに全力投球することにしている。病気を我慢するような、不合理な行動はしない。どちらかというと早期発見で、直してしまう方だ。
はちみつをすぐさま舐める・・・加熱殺菌処理されていない、純粋なはちみつだ。そうでないと薬としての効果はない。とても高価なので、普段の食事には使わない。風邪の日用・・・のどの痛みは少し和らいだ。
ついで、ビタミンCを大量摂取する。体が風邪の菌と戦うのを支援する目的だ。効いているのかは分からない。けれど、ビタミンCは大量に採っても尿中に排出される。尿が色づいたら分かるはずだが、そうもなっていないのを考えると、役立っているのかもしれない。が一方では気休めかもしれない。それでも私にとっては、プラセボ効果かもしれないから、飲んでおく。
肩甲骨の間の上の方にカイロを貼る・・・喉にコットンのマフラーを巻いて保温する・・・
生姜のサプリを飲み、思い切ってベッドにもぐりこむ。集中して寝てみる。
そこまでやっても、回復傾向にならなかった・・・。
さては、と温かいお風呂に使って体温をあげ、喉に湿度を与える。食事は消化の良いもの。
飲み物は、緑茶。コーヒーは喉には全然良くないようだ。
そこまでしてみたが、初期の、風邪の菌を取り込んだ状態で、撃退はできなかった・・・ここまでやればできるときもあるのに。
風邪のときは、砂糖を使ったもの、塩分が強いもの、冷たいもの、クリーミーなもの、インスタント食品は体に悪い。症状が悪化するのですぐにわかる。
パソコンで、何か建設的なことをするのも、症状を悪化させる、だから、高度なことはしないでおく。
結局、風邪初日では撃退できなかった・・・。
夏用のパジャマを改めロングスリーブにして、枕的には硫化アリルを期待して、玉ねぎのスライスを置く。新品のガーゼマスクを持ちだして、はっかオイルを当てる。
それでも喉の音は収まらず、今度は悪寒が始まるのではないかという気配すらする。すこし下痢気味だ。消化系に入るバイキンは気にならないけど、肺には入ってもらいたくないな・・・。
今年は、夏の山が充実したな~と最近はうれしい気持ちでいた。ここ2年ほど夏山はあまり充実しなかったからだ。
8月の山行は10山行。今週末もあるから、11か。これくらい活動的でないと調子が出ないのかもなーなんて、呑気に考えていたところだった。
直近の山行は、面白かったし、体力的な困難もそこまで感じなかった。筋肉痛や単純な疲れは、体が作られていくときは普通のことで、普通にレストすればよく、翌日は夫と温泉を楽しんだ。レストは完璧と思ったのになぁ・・・。
でもやっぱり、些細なことで風邪を引いたってことは、体が疲れていたということなのだろうか?
免疫力が下がったということは確実だから、うっかり薄着したくらいの些細なことが体温を下げて、それで免疫が下がるということはそれだけ防衛体力が手薄だということなのだろうか?
すぐにお風呂に入れば良かったのか???
秋が始まったのに、うっかり薄着したくらいで、風邪を引いているようじゃなぁ・・・。
・・・というわけで、今日はラジオの収録がある日だってのに、とても普段通りの声ではない。
喉から風穴音がする・・・
今日は建設的なことはとてもできそうにない・・・というか、すべきとは思えない・・・
最近すごくたくさん寝汗をかくなと思っていたので、季節の変化に体の方が付いて行きにくくなっていたのは、そうなのだろう。寝汗は自律神経失調症のサインだからだ。
しかし・・・自律神経・・・ヨガを教えていて整えられなかったら、本当に一体どうしろと言うのだろうか?
ただ体調の悪化は、喉だけのことで肉体的には不調は感じられないし、精神的にも、不調はかんじられない・・・
ということは、今日は運悪く安静に、ということか。仕事の予定がある日なのに、安静に全力を尽くす日、になった今日。
7/28/2015
二つのほら貝のゴルジュ
週末は忙しく過ごしました。
日曜日は楽しみにしていた、ほら貝のゴルジュの遡行でした。その日、遠方からの山の友人が訪ねてきたので、翌日月曜日にまた西沢渓谷とほら貝のゴルジュまでの散策に出かけました。先ほど、友人を見送って、帰宅。
なんだか人の温かみに触れて、楽しい週末?もとい、”週の初め”でした。大きな山行の計画も始動しはじめました。
■ Day1 ほら貝のゴルジュの遡行
新鮮な経験でした!
いつもより水流の流れが速く、条件の悪いときに当たったようでしたが、わたしは、吸い込まれそうな、きれいな水の中にドボン!と浸かるような沢をしたかったので、今回はそれが出来て、すごくうれしい沢でした。
ほら貝のゴルジュは、知り合いから話を聞いたことがあった沢でした。その時のリードクライマーがアブミを掛けようとして、落ちた、という笑い話を聞いている場所(笑)。
アブミがないと登れないのかぁ・・・という情報だけは、バッチリ入っていた。色々、遡行記録を読みましたが、今回は、連れて行ってもらえる、ということで、あまりアレコレ用心をせず、行きました。
連れて行く人が大丈夫って、言っているんだから、大丈夫。
私も連れて行く側をするから、分かるのですが、連れて行けるかどうか、歩けそうかどうかは大体、連れて行く側が判断します。
まったく、どんな沢なのか知らずに行くのが楽しい♪
行って見たら、どっぷり水と戯れる沢でした☆ 今までの地味で、暗い沢と違って、ウォータースポーツという感じ。
クライミングの面では、ちょっとハラハラ。リードは、もう少し精進が必要そうな気がするスラブ。それでも、ロープがあれば、なんとかなった!
写真を撮りたかったのですが、防水カメラを冬山合宿で落として紛失してしまったのが、悔やまれる・・・しかし、まぁ、写真は撮ってもらえたので、また後程、詳細に記述します。
今回は、ラバーソール沢靴、ウエットスーツ、ライフジャケットが三種の神器でした。私はラバーソールを新調し、ウエットスーツも半袖半ズボンの物を買い、ライフジャケットも購入して行きました。
おかげで装備の不利はなく、とくにライフジャケットは、ちょっとオーバースペックかな~という値段のものでしたが、買ってよかったギアでした。
核心部はアブミが出るスラブ、大きなトイ状のところです。 トイ状のところでは、滑って立ち上がれなくなった人も出てヒヤリ。やはりフエルト靴では、しんどそうです。ラバーソールに軍配があがる沢。
実はもうF1から、ダメではないかと思ったりもしたのですが、ダメでは・・・と思うのは、いつものこと・・・。
ただそれを差し引いても、うーん・・・と、自分一人では考え込んでしまう滝が多かったので、ここはやはり連れて行ってもらってこそ、なんとかなった遡行でした。
ここは遡行も核心部が多いが、下りもウォータースライダーが核心の沢です。
遡行も終わり、楽しくウォータースライダーして、14時半ごろ、下山したら、友人から、”12:20に下山し、今美術館にいる”という、連絡をもらってビックリ仰天し、大そぎで帰宅し、友人をピックアップ。
■ Day2 西沢渓谷&ほら貝のゴルジュ見学
友人とは甲府のスタバで待ち合わせ。2年前に山で出会った年輩の友人です。白峰三山を縦走してきた帰りです。
翌日、どこでもよいから山へ・・・・という話だったので、色々考え、最初は宝永山に行こうかと思っていました。
なにしろ、甲府近辺の山は標高が低く、夏は暑くてやってらんない!標高が高い山は今降りてきたところだし。
地図読みが必要になるような山はどうかと思ったのですが、そういう山は低標高の山か、沢なので、沢登りはしない人だしなぁ・・・。
クライミングの要素がある山、とも思ったのですが、彼女はクライミングはしないし・・・例えば、中高年に人気の鶏冠山。山梨百名山に入っている上、多少の確保が必要で、周囲の人にも自慢になる。
・・・が、その鶏冠も標高が低い場所の岩尾根なので、暑くて不快だろうなぁ・・・という山です、真夏は・・・。
他の候補として、金峰山の南面からの登頂は、知った人とでないと行くのが難しいので、案内したいと以前から思っているのですが、そこも南面の岩尾根。暑い上、一泊二日の行程が必要。
涼しい場所で、沢ではなくて・・・、と考えた末、結局、西沢渓谷&ほら貝のゴルジュ見学に。
西沢渓谷は、一週3時間のコースですが、沢沿いが半分なので涼しいです。山頂を目指す山という感じではないです。ハイヒールの観光客も来るような場所ですが、毎年誰か墜ちて死んでいる・・・まぁ、舐めてかかられていることで知られる場所です。
ほら貝のゴルジュは、昨日行ったところですが・・・西沢と対を成す東沢の途中にあるゴルジュ。夫と一緒に来たいと、おと年思った場所でした。ただ登山道が旧道なので歩き慣れていないと難しい。
東沢釜の沢は、昔は登山道だった場所なので、沢登りをしない人も、その古い登山道を使って、名瀑で知られる場所を訪れることができます。
というわけで、2連チャンで、ほら貝のゴルジュに言ってしまいました。ほら貝のゴルジュでは、水遊びしようと思っていたので、ライフジャケットを持って行きました。
私は、またドボン!と入りましたが、同行者は、びっくりしたみたいなのと寒いかも・・・というので、入らず、残念。しばらくゴルジュの前で遊んで帰ってきました。
7時半登山口で、12時半には、西沢渓谷一周し終って、ほら貝のゴルジュ。 下山は14時。一番暑い時間帯に甲府に帰ってきてしまいましたが、16時頃はエアコンの効いたお部屋で、お昼寝して過ごしました(笑)。
■ 友人との語らい
今回は友人との語らいが、印象的でした。
昔から山が好きな人は一緒で、アウェーの中、頑張ってきたんだなぁと・・・。
年輩の女性の友人の話は、非常に色々と勉強になりました。私が発見していることなど、当の昔に分かっていたことばっかりなのです。
・・・という感想を書いたところで、また記録は後程・・・☆
日曜日は楽しみにしていた、ほら貝のゴルジュの遡行でした。その日、遠方からの山の友人が訪ねてきたので、翌日月曜日にまた西沢渓谷とほら貝のゴルジュまでの散策に出かけました。先ほど、友人を見送って、帰宅。
なんだか人の温かみに触れて、楽しい週末?もとい、”週の初め”でした。大きな山行の計画も始動しはじめました。
■ Day1 ほら貝のゴルジュの遡行
新鮮な経験でした!
いつもより水流の流れが速く、条件の悪いときに当たったようでしたが、わたしは、吸い込まれそうな、きれいな水の中にドボン!と浸かるような沢をしたかったので、今回はそれが出来て、すごくうれしい沢でした。
ほら貝のゴルジュは、知り合いから話を聞いたことがあった沢でした。その時のリードクライマーがアブミを掛けようとして、落ちた、という笑い話を聞いている場所(笑)。
アブミがないと登れないのかぁ・・・という情報だけは、バッチリ入っていた。色々、遡行記録を読みましたが、今回は、連れて行ってもらえる、ということで、あまりアレコレ用心をせず、行きました。
連れて行く人が大丈夫って、言っているんだから、大丈夫。
私も連れて行く側をするから、分かるのですが、連れて行けるかどうか、歩けそうかどうかは大体、連れて行く側が判断します。
まったく、どんな沢なのか知らずに行くのが楽しい♪
行って見たら、どっぷり水と戯れる沢でした☆ 今までの地味で、暗い沢と違って、ウォータースポーツという感じ。
クライミングの面では、ちょっとハラハラ。リードは、もう少し精進が必要そうな気がするスラブ。それでも、ロープがあれば、なんとかなった!
写真を撮りたかったのですが、防水カメラを冬山合宿で落として紛失してしまったのが、悔やまれる・・・しかし、まぁ、写真は撮ってもらえたので、また後程、詳細に記述します。
今回は、ラバーソール沢靴、ウエットスーツ、ライフジャケットが三種の神器でした。私はラバーソールを新調し、ウエットスーツも半袖半ズボンの物を買い、ライフジャケットも購入して行きました。
おかげで装備の不利はなく、とくにライフジャケットは、ちょっとオーバースペックかな~という値段のものでしたが、買ってよかったギアでした。
核心部はアブミが出るスラブ、大きなトイ状のところです。 トイ状のところでは、滑って立ち上がれなくなった人も出てヒヤリ。やはりフエルト靴では、しんどそうです。ラバーソールに軍配があがる沢。
実はもうF1から、ダメではないかと思ったりもしたのですが、ダメでは・・・と思うのは、いつものこと・・・。
ただそれを差し引いても、うーん・・・と、自分一人では考え込んでしまう滝が多かったので、ここはやはり連れて行ってもらってこそ、なんとかなった遡行でした。
![]() |
| ウォータースライダー!!! |
ここは遡行も核心部が多いが、下りもウォータースライダーが核心の沢です。
遡行も終わり、楽しくウォータースライダーして、14時半ごろ、下山したら、友人から、”12:20に下山し、今美術館にいる”という、連絡をもらってビックリ仰天し、大そぎで帰宅し、友人をピックアップ。
■ Day2 西沢渓谷&ほら貝のゴルジュ見学
友人とは甲府のスタバで待ち合わせ。2年前に山で出会った年輩の友人です。白峰三山を縦走してきた帰りです。
翌日、どこでもよいから山へ・・・・という話だったので、色々考え、最初は宝永山に行こうかと思っていました。
なにしろ、甲府近辺の山は標高が低く、夏は暑くてやってらんない!標高が高い山は今降りてきたところだし。
地図読みが必要になるような山はどうかと思ったのですが、そういう山は低標高の山か、沢なので、沢登りはしない人だしなぁ・・・。
クライミングの要素がある山、とも思ったのですが、彼女はクライミングはしないし・・・例えば、中高年に人気の鶏冠山。山梨百名山に入っている上、多少の確保が必要で、周囲の人にも自慢になる。
・・・が、その鶏冠も標高が低い場所の岩尾根なので、暑くて不快だろうなぁ・・・という山です、真夏は・・・。
他の候補として、金峰山の南面からの登頂は、知った人とでないと行くのが難しいので、案内したいと以前から思っているのですが、そこも南面の岩尾根。暑い上、一泊二日の行程が必要。
涼しい場所で、沢ではなくて・・・、と考えた末、結局、西沢渓谷&ほら貝のゴルジュ見学に。
西沢渓谷は、一週3時間のコースですが、沢沿いが半分なので涼しいです。山頂を目指す山という感じではないです。ハイヒールの観光客も来るような場所ですが、毎年誰か墜ちて死んでいる・・・まぁ、舐めてかかられていることで知られる場所です。
ほら貝のゴルジュは、昨日行ったところですが・・・西沢と対を成す東沢の途中にあるゴルジュ。夫と一緒に来たいと、おと年思った場所でした。ただ登山道が旧道なので歩き慣れていないと難しい。
東沢釜の沢は、昔は登山道だった場所なので、沢登りをしない人も、その古い登山道を使って、名瀑で知られる場所を訪れることができます。
というわけで、2連チャンで、ほら貝のゴルジュに言ってしまいました。ほら貝のゴルジュでは、水遊びしようと思っていたので、ライフジャケットを持って行きました。
私は、またドボン!と入りましたが、同行者は、びっくりしたみたいなのと寒いかも・・・というので、入らず、残念。しばらくゴルジュの前で遊んで帰ってきました。
7時半登山口で、12時半には、西沢渓谷一周し終って、ほら貝のゴルジュ。 下山は14時。一番暑い時間帯に甲府に帰ってきてしまいましたが、16時頃はエアコンの効いたお部屋で、お昼寝して過ごしました(笑)。
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| ほら貝のゴルジュ!夏でもひんやり~ |
■ 友人との語らい
今回は友人との語らいが、印象的でした。
昔から山が好きな人は一緒で、アウェーの中、頑張ってきたんだなぁと・・・。
年輩の女性の友人の話は、非常に色々と勉強になりました。私が発見していることなど、当の昔に分かっていたことばっかりなのです。
・・・という感想を書いたところで、また記録は後程・・・☆
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